5、浅はかで未成熟な国家は滅亡する

 大河内東大総長の卒業式の発言とされる「太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ」について、みなさんからさまざまなご意見が出ました。この話がミルからの不正確な引用により生まれ、メディアによって世に定着したことを指摘した石井東大教養学部長は、学生たちにニーチェの「灰になるまで燃え尽きよ」を贈りましたが、彼の話についても活発な発言が出ました。

「『灰になるまで燃え尽きよ』はどうでしょう。燃えつきちゃったらダメじゃないか。おしまいだもの」
「それは、ミルの言っていることと同じですね。彼は、満足したら終わりだ、と言っている。彼の功利主義は永遠に満ちないことだ、と」(茂木)
「豚とソクラテスの話は、自分の考えのようで、実際は伝言ゲームの一部になっているのではないか、と考えさせられました」
「ミルのフール(fool)に注目している。大河内総長の言葉は、東大生のうぬぼれに対する戒めではないか」
「2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で大学生たちに、be fool と語りかけた。
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO35455660Y1A001C1000000/
愚かになれということは、謙虚になれ、ということで、まったく同感です」(茂木)

 「受け取る人間の受け取り方で、違ってくる」
「豚か人間、馬鹿かソクラテスの問題ではなく、満足と不満足の問題ではないか。満足したソクラテスと不満足な馬鹿、としたらどうなのだろう」
「吉田兼好の徒然草に、『花は盛りに、月は隈なきをのみみるものかは』とある。人間でも同じで、完全な人間には魅力がない。器量や度量は完全な人間からは生まれない。道元の言葉に『薪には薪の法位あり。灰には灰の法位あり』という言葉もあります」
「太ったソクラテスより痩せたソクラテスになれ、と考えると、太ったソクラテスには限りがある。痩せていたほうが知識でもなんでもいくらでも入る」

「世の中だいたい、突き詰めて発信しても大勢は変わらない。世の体制に合っているかどうか、で、受け入れたり、受け入れなかったりする」
「ぼくは根性が曲がっているので、太った豚でなぜ悪い、と。2割の幸せがあるのに、それを不幸と考えることに問題がある」
「単細胞・単眼のツートップで、日本は動かされている。多細胞・複眼であれ、と言いたい。東大のシンポジウムに参加したりすると、栄華の巷を低く見て、話す。東大そのものがガラパゴスになっているのではないか」
「私、子供の頃、肥満体だったのです。デブとかいじめられたりした。太っているものへの蔑視がどうもあって、痩せているのが善で、太っているのが悪だと。でも、豚は太っていなければダメなのですよね。市場に出せない」

「満足と満足感は違うと思うのです。満足感は次への飛躍になるような気がする。出雲大社を訪れたときですか、『歴史は時代時代で見方が変わってくる。いまの時代の見方を大事にして欲しい』という話が印象に残っています」
「大河内総長は、脳天気に生きるな、のメッセージ。教養学部長の言いたいことは、自分の視点で考えよ。二人は別の内容を言っている」

「批判精神を持て、と受け取った。ビジネスの世界では満足してしまったら進歩がない。常に新しいものを開拓するように心がけよ、というメッセージだと、単純に考えました。普通に考えて、満足したら終わりじゃないか。ビジネスの監査でも、書類は疑ってかかれ、ですので」

「三つほどある。私は、世の中に対して不満足な塊のようなものなのです。ソクラテス以上に不満足だ、と。FIFAの汚職問題で、あるスポーツ評論家が、IOCでは役員がずっと多いから問題は起きない、と言っているのを聞いて、違うのではないか。使っている資金の桁が違う。自分の言葉に責任をもって言え、よく、調べてから言えと、言いたい。燃焼しつくして、灰になれというが、私は燃焼し尽くしたことがない。これは、私に対するある種のあてこすりではないか」

 さて、今回は、第三巻一~八を購読し、皆さん個々の「読み」をご披露してもらうことになっています。この箇所は、ソクラテス以前の古代ギリシアの歴史が、かなり克明に語られています。私たちが教科書的に知っている知識に、プラトンがギリシア世界の人々と共有していた時代史を重ね合わせていくと、当時の状況がかなり立体的に再現できるでしょう。この部分は、歴史は繰り返されるというプラトンの認識がよく出ており、洪水などの天変地異でゼロチューニングされた状態から、いかにしてプラトン時代の国制が生まれてきたかが、神話と現実の入り混じった話として語られていきます。

 個々の地名や登場神・登場人物については、ご自分で調べてみることをおすすめします。参考までにプラトンの創世神話ともいえる対話篇『ティマイオス』(種山恭子訳、岩波書店)から、アトランティスの物語を含む箇所をお配りしておきます(pp.21-23、20B-25D)。

 私自身は、国家の興亡にからんで、プラトンの次の二つのメッセージに注目しています。

1、 思うがままに「望み」「願う」(βούλησις=desire)のではなく、φρόνησις (フロネーシス 思慮、賢慮)に従ったものでなければならない(3.687E)。

 「フロネーシス」は、「正義」「節制」「勇気」と並ぶ古代ギリシア人の四徳の一つ(『法律』第一巻630B、p.34参照)で、「注意深く考える」「よく考える」ことです。わかりやすく言えば、浅はかではない、結果をきちんと見据えた「考え」と言うのが良いでしょう。その望みが、どのような運命をもたらすか、きちんと押さえた上で、物事を願いなさい、という思いが込められています。

2、 国家の滅亡は戦争の仕方が下手だとか、臆病だったとか、が理由なのではなく、もっぱら為政者・住民の双方に、何が最も大事であるかについて、「無知」(アマチアἀμαθία)であったことによる(3.688D)。

 「アマチア」(amature)とは「a-mature」で、「a」は否定の接頭辞、「mature」は「ぶどう酒やチーズなどがよく発酵した」「果物などが熟した」ことを意味します。よく「素人」と訳されますが、未熟さからくる無知のことで、知らないのに知っている、と思い込んでいる状態です。真に重要なことに思い至らない、未成熟な状態のまま、国家が判断や決定をしていくと、それは破滅のもとであることを、プラトンは喝破しているのです。

 現在の日本をプラトンはどのように判定するでしょうか。