5、神々へと繋がる神秘体験

 『遠野物語』には、実にたくさんの神さまが登場します。居ついた家が繁栄するというザシキワラシ(17、18話)や馬と結ばれた娘の話オシラサマ(69話)住み着いた家を守るオクナイサマ(14、15,70話)など、合計23話に上ります。
 
「常民の生活意識をその根底において規制するものは、その信仰(原始的な呪術を含めて)であり、氏の学問的追求の根本には、神の問題があった」と、山本健吉は書いています(新潮文庫『遠野物語』p.94)が、柳田民俗学の弟子と言ってもよい折口信夫も「一口に言えば、先生の学問は、『神』を目的としている」(折口信夫「先生の学問」『折口信夫文芸論集』講談社文芸文庫、p.193)、と断じています。
 
 東京帝大法科大学政治科を卒業してすぐ農商務省農務局農政課に入った柳田は、かたわら早稲田大学で農政学を講義し、各地を歩いて農民の経済的生活実態を調査して歩いていました。その柳田が農政学に満足せず、神の世界へと踏み込んで行ったのは、柳田の心に潜む「混沌」が原因であった、と山本は指摘(新潮文庫『遠野物語』p.95)するのですが、さて、いかなる混沌が柳田の心にはあったのでしょうか。

 『故郷七十年』(『定本 柳田國男集 別巻第三』筑摩書房)には、柳田が子どもの頃にいくつもの「神秘体験」をしていたことが書かれています。家の近くの小さな祠で見つけた蠟石の珠を見つめているうち、昼間なのに青空に数十の星が見えた話(「ある神秘な暗示」p.114)、ある日、二匹の狐に畑で見つめられて体が硬直する経験をした次の日、東隣の住人が西隣の住人を斬りつける事件が発生し、大家の下男が狐の穴を埋めたたたりだと恐怖にふるえた話(「狐の思出から」p.65)、自分が神隠し寸前になったのではないか、と回想する話(pp.148-149)。

 柳田は、明治41年5月から8月にかけて行った九州旅行で、日向椎葉村(宮崎県)に残されている神事が猪狩りを通して山の神とつながることに強い興味を抱き、『後狩詞記(のちのかりことばのき)』を書きました(明治42年2月、自費出版、~50部)。そして、『遠野物語』(明治43年6月)の一ヶ月前に『石神問答』(明治43年5月)を出版します(『柳田國男全集15』ちくま文庫に所蔵)。

 「シャクジ」と呼ばれる神の由来を求めて武蔵・相模・伊豆・駿河・甲斐・遠江・三河・尾張・伊勢・志摩・飛騨・信濃の12地域の伝承について、各地の研究家8人と文書を交換した記録で、実はその一人に『遠野物語』の語り手である佐々木喜善もいたのです。

 「仙人の事などに興味をもっている話を始終聞いて」いたという折口信夫(「先生の学問」『折口信夫文芸論集』同書p.197)は、柳田のことを学者ではなく「ディレッタント(好事家)ではないか、と危惧していたようですが、『石神問答』と『遠野物語』を読んで、「今迄の神道家と違った神を先生が求めていられる事を知った」と、回想するにいたっています(p.194)。

 神道の神と柳田が追及した地場神は、同一の「共同幻想」に由来するとするのが吉本隆明の『共同幻想論』の骨子ですが、それは別の機会に譲るとして、皆さんは柳田の神に対するスタンスをどのように考えるでしょうか。