5、裁判:プラトンの三審性

 第六巻の一一章~一四章を通読します。

 現代の三審制を思わせるプラトンの描く裁判制度は、最高裁にあたる「第三法廷τρίτος δικαστήριον」の設置によって旧来のアテナイ型裁判制度からの脱皮が図られています。アテナイでは、係争者が仲裁者にどちらが正しいかの決定をゆだねる仲裁裁判がまずあり、それで決着がつかない場合は正式に裁判所に提訴する裁判制度になっていました。仲裁裁判は、長屋のもめ事を大家が調停するようなものと考えればいいでしょう。プラトンは501人の陪審員が最終的に判決を下すアテナイの裁判制度に対して、衆愚の極みを感じていました。とくに、師ソクラテスを裁判において刑死に追いやったアテナイの民衆に、強い不信感を抱いたのです。第三法廷は、裁判の公平・公正性を担保するためのプラトンの大いなる工夫だといって良いでしょう。

 「第三法廷」の裁判官δικαστήςの資格などについて、プラトンは次のように提起しています。(767C-E)

1、 すべての役人ἄρχωνのそれぞれの役職において最善と思われ、来るべき1年間、自分の同胞のためにもっともよく、もっとも敬虔に裁きを行うと思われる人を選ぶ。
2、 選ばれた人は、選んだ人々によって資格審査が行われ、審査に合格した人々によって第三審が行なわれるが、その決定にあたっての投票は公開とする。
3、 政務審議会πρύτανις議員(アテナイの500人議会議員にあたる)とこれらの裁判官を選出した他の役人たちは、これらの裁判を傍聴し、立ち会うことが義務づけられ、その他の人も希望があれば傍聴できる。
4、 第三審の判決に不服がある場合は、護法官νομοφύλαξに訴えることができ、この訴えが認められた場合には、その裁判官は被害者に対し損害の半分を支払わなければならない。

 プラトンはこのように、最終判断者の公開決定、最終判断者の「徳性」への期待、その判断者の誤審に対する配慮(護法官への訴え)までも行っているのです。さらに、最終判断者を選んだ者たちにも裁判を傍聴させ、選んだものたちの責任を担保させる念の入れようです。その一方で、衆愚のヤジなどによる裁判の劇場性を避けるために、アテナイにおけるような野放図な一般公開を避けるようにも腐心しています。

 もう一つ注目すべきなのは、いかなる裁判も、国民一人一人の利害に関わっている、との次のような認識をあえて示していることです(768A-B)。
1、 国に対する犯罪の場合は、被害を受けるのは国民のすべてであり、一般大衆も裁判に参加すること。
2、 私的な訴訟でも、国家の一員であることを認識させるため、できるだけすべての国民が裁判に参加すべきこと。

 当事者以外は裁判との関わりが忘れられがちな現代社会において、プラトンの裁判における提案は、一考の価値があるのではないでしょうか。

★次回:第六巻の一五~一八の通読。結婚を中心に取り上げます。