5,小林秀雄にとっての「ヒューマニズム

 前回も闊達なご議論が展開されました。
「空と無の仏教とキリスト教について」「女性活躍が求められていた会社勤めのころの話ですが、女活会なるものを組織したらさっぱり議論が盛り上がらないので、女エン会と変えたところ一気に盛り上がって活気づいた思い出があります。エンは英語の楽しむ=エンジョイからとったものです」「この講座に必要なのは、対話型の会話だと思う」「以前から思っていたことだけれど、やはり小林秀雄は物を書いているときに考えているのではなく、感じたことを書いているのではないか」「アメリカの子育ては、疑問が出たら子どもたちに考えさせ、あなたならどう思う?と問いかけることから始めると聞いている。日本型の子育ては、それはこういうものだから、といった代々続いているやり方から抜けられていないと思う」「哲学的に考えるとはどういうことなのだろうか、普通に考えるのとどこが違うのか、そんなことを自問している」

 今回の秀逸は、お一人が示してくれた小林秀雄と中原中也のランボオ詩集対比ですね。「渇の喜劇」冒頭の訳詩二編

「親」

俺達がお前の親なのだ、
お前の爺さん婆さんだ。
冷たい汗にまみれてさ。
作った地酒にや脈がうつ。真っ正直な陽を浴びて、
さて、人間に何が要る、飲む事さ。

俺―墓地の河でくたばりたい。

「祖先」(みおや)

私(わし)達はお前の祖先(みおや)だ
      祖先(みおや)だよ!
月や青物の
冷たい汗にしとど濡れ。
私(わし)達の粗末なお酒は心を以てゐましたぞ!
お日様に向かって虚偽(うそいつわ)りのないためには
人間何が必要か? 飲むこつてす。

小生。――野花の上にて息絶ゆること。

 上が小林秀雄の訳詩(小林秀雄『ランボオ詩集』新潮社、p.133)下が中原中也の訳詩(『中原中也全訳詩集』講談社文芸文庫、p.115)です。これを示してくれた方のお話では、小林は中原中也の才能に焦燥感を強く感じていたそうですが、皆さん、どちらの訳に軍配をあげますか。

 小林秀雄は28歳のときにランボオの3作品「地獄の季節」「飾画」「韻文詩」を翻訳し、「地獄の季節」のタイトルで出版しています。上記の「渇の喜劇」は、韻文詩の中に納められた作品です。4年後に自分の訳詩についての想いを「ランボオⅡ」の表題で小文を書いているのですが、その中に、次のような興味深い告白じみた一文があります。

 「浅草公園の八卦やが、私は廿二歳の時から衰運に向かったと言った。私が初めてランボオを読みだしたのは廿三の春だから、ランボオは私の衰運と共に現れたわけになる」「私は、私の衰運の初めから、私という人物が少しも発達していないとは思うのだが…」と述懐しながら、そこここに穴を掘って顔を出す鼠に例えて、やがて自分の穴を選ばなければなるまい、と書き、どの穴も「小便臭かろう」と自嘲したあと、「果てまで来た。私は少しも悲しまぬ。私は別れる」と、その自分から決別する決意をにおわすのです(小林秀雄『ランボオ詩集』新潮社、p.151)。

 小林は、ランボオを訳すことによって、自分の限界を感じ、文学作者としてではなく、文芸批評家としての道を選ぶ決心を表明した、とも取れるのです。

 この「ランボオⅡ」では、小林秀雄はまぎれもなく「考えて」いました。しかし、その後の小林秀雄が、「考える」ことから離脱し、本居宣長にいたる先達たちの書物をひたすら読み込み、そのエッセンスを抽出して、さまざまなタイトル付けの小文の中に分散して使用していることが見られるようになります。「考えるヒント」のなかに盛られている今回の「ヒューマニズム」もその例に洩れません。

 エリオットのヒューマニズムについての考え方「ヒューマニズムといってもさまざまな形があり、そのことを理解して初めて、ヒューマニズムの価値や機能に思いあたることができる」を引用した(p.96)この一文もそうした類の典型で、残念ながら、ヒューマニズムについて「高談娯心」にしてくれる話はありませんし、「眼光紙背に徹す」のような言葉も残念ながら見当たりません。

 私が感じた唯一の小林秀雄的「眼光紙背に徹す」の一言は、以前に紹介した『モオツァルト』(1946年12月、小林秀雄が44歳のときの作品)に登場する「涙は追いつかない」でした。この言葉で私自身は、ある種の「哲学的開け」を感じたのですから、この言葉が「紙背を徹す眼光」の役をしてくれたと言っても良いでしょう。

 ランボオの詩に出会った22歳のときに「衰運」を感じていた小林にしてみれば、20年以上が経過してからのこの言葉の閃きは、モーツァルトとの出会い(戦後のごたごたの中、道頓堀で耳にした40番シンフォニー)が生み出した、瞬間的な運の輝きだったのでしょうか。

 「ヒューマニズム」の話は、面白くも何ともないので、本日の最終日、皆さんが記憶に残る「眼光紙背に徹す」の言葉や文章、あるいは読んだ本の内容でも結構ですし、会合や対面のお話で経験したことでも結構です。それらを肴に、「高談娯心」でワイワイできれば嬉しいです。

 小林秀雄も中原中也も、ランボオの詩に「眼光、紙背を貫く」ものを感じ取ったからこそ、二人とも夢中になって彼の詩に取り組んだことは間違いないでしょう。例えば中也は「ランボオを読んでいるとほんとに好い気持ちになれる。なんてきれいで時間の要らない陶酔が出来ることか!/聖い放縦というものが可能である!」(1927年八月二十二日の日記。『中原中也全訳詩集』講談社文芸文庫、解説p.367)などと激賞しています。

 「聖い放縦」とは、いったいどんな“放縦”なのでしょう。