6、『コシ・ファン・トゥッテ』への道

 前回のコンサート「ピアニストにとっての『フィガロの結婚』」で、原先生は、『フィガロの結婚』を調性によって解釈し、基調がニ長調の調性は実は『ドン・ジョヴァンニ』と同じ(たとえば序曲の中心はどちらもニ長調)であり、この二つのオペラは陽と陰の関係が見られることを指摘してくれました。たとえばアルマヴィーヴァ伯爵のスザンナに対する気持ちを表した小二重唱「ひどいぞ…」(イ短調、第3幕)をイ長調にすると、『ドン・ジョヴァンニ』の誘惑の二重唱「手をとりあって」になるというのです。

 音楽学者のアインシュタインは、モーツァルトは「驚くべき狭い範囲を扱うだけで作曲をやり遂げている」と指摘し、「ドン・ジョヴァンニの主調を、実際、ニ短調あるいはニ長調とみなすことができるのであって、その主調を中心として、ごく近い縁のある惑星だけが運航している」と述べている。墓場の場(第二十四曲)のホ長調からハ長調に向かってのデモーニッシュな一時的転調は、「これ以上のひかえめな手段をもって、これ以上の表現を達成することは不可能」なほどの、放埓な騎士の没落の決定的な予告」を表しているそうです。

 モーツァルトが転調の名人であることはよく言われることですが、墓場の場面におけるホ長調からハ長調への転調は、夕食へ招待された騎士長の石像がイエスと答える場面です。この3度の転調に、作家のホフマンは「腹の底から恐怖を覚える」と書いています。なんとも驚くべきモーツァルトの調性の妙ですね。

 今回は、スザンナの部屋を訪れた音楽教師バジリオが、そのまえにこっそり訪れていたアルマヴィーヴァとスザンナとともに歌う三重唱「女はみんなこうしたもの」(第1幕)をまずは聞いてもらいましょう。三重唱のタイトル「女はみんなこうしたもの」は、イタリア語で「コシ・ファン・トゥッテ」、すなわちモーツァルト最後のオペラの題名になっています。

 オペラ『フィガロの結婚』とオペラ『コシ・ファン・トゥッテ』に通底する主題は、男性たちの女性不信です。『フィガロの結婚』では、第4幕のフィガロのアリア「ちょっとは目を開いて見るがいい」が、男性の女性たちに対する不信の気持ちが端的に表現されています。『コシ・ファン・トゥッテ』は、冒頭の二題の三重唱(フェルランド、グリエルモ、ドン・アルフォンソ)から、このような男性たちの気持ちをそのままズームアップしたものになっています。

 コンスタンツェが回想したところでは、モーツァルトが最も好きなオペラはこの『コシ・ファン・トゥッテ』だったそうです。これには原作がなく、ヨーゼフ2世が軍隊に伝わる実話に興味を示し、オペラ化をすすめたことになっています。 
 モーツァルトのコンスタンツェへの手紙には、妻の不品行を誡める文面が何度も出て来ます(1982.4.29 ウイーンからウェーバー家のコンスタンツェへ『書簡全集Ⅴ』。1989.4.16旅行中のドレースデンからウイーンの妻へ。1989.8中旬 ウイーンからバーデンの療養中の妻へ)。『コシ・ファン・トゥッテ』は、モーツァルトの妻を通した女性への正直な気持ちが良く出ているのかも知れませんね。