6、『最後の審判』:Tuba mirum(奇しきラッパの響き)

Last_Judgement_(Michelangelo)) パウルス3世のもとでシスティナ礼拝堂の正面に描かれたのが『最後の審判』です。版画によるたくさんの写しがとられて巷に流布しましたが、「この作品の実物を見ていない人や、写しを手にしていない人のために短く語ろう」と、コンディヴィが実に精妙に「物語の構図」を描き出してくれています(アスカニオ・コンディヴィ『ミケランジェロ伝』pp.85-87

 「全図は左。右、上、下、中央の部分に分かれており、中央の部分――地面に近い空の中には聖ヨハネの黙示録に描かれている七人の天使がいる。かれらはトラムペットを吹き、世界の四隅から死者を神の審判に召喚する。中の二人は手に広げた書物をもっている。この本の中に、万人はみなその過ぎ去った生涯を了解し、かつ覚知する。かくて己れ自らに裁かれることになる。これらのトラムペットの響きに、墓は地中に開け、人類は驚愕に充ちたさまざまの姿態で地上にあふれている」
と、こんな具合に最後の審判の模様が描かれていきます。

 「トラムペットの天使たちの上に、神の御子はしろしめす。人の姿をされ、腕もろとも右手を掲げ、激怒して「罪を犯せる者」を咀い、面前よりかれらを永劫の焔の中に逐う。左手は右方に向かって広げられ、「正しき者」をやさしく招いているかと思われる」

 『最後の審判』は1541年のクリスマスの日に、ヴァザーリの表現を借りれば「ローマあげての、いやむしろ全世界あげての驚嘆、驚愕のもとに」公開されたのです。ヴァザーリ自身はそのときヴェネツィアにいたのですが、「この年それを見にローマに行ったのだが、茫然自失としてしまった」(ヴァザーリ『芸術家列伝3』白水ブックス、p.122)と書き記しています。ヴァザーリが報告している有名な逸話を、忘れずに書いておきましょう。

 「絵が殆ど四分の三ばかり出来上がったとき、パウルス法王は式部長官のピアジオ・ダ・ツェゼーナとともにこれを見に行った。ピアジオは法王から絵についての意見を訊かれて、――神聖なるべき絵にこんな沢山の裸体を描くのは大変不体裁です。これは法王の御聞よりもどこか淫蕩な場所に格好でございますーーと言った。ミケラーニュオは憤った。そしてあとでピアジオの顔を記憶から描いて、それを地獄の中の、頭に角が生え、胴から足に大蛇が巻きついているミノスの顔にした。ピアジェはこのミノスが自分の顔なのに気づいて、法王にこれを訴えた。法王は笑って答えた。――画家が卿を煉獄に入れたなら、わしは卿を済度するのにうんと骨を折るのだが。どうも地獄ではわしの力も及ばない」(アスカニオ・コンディヴィ『ミケランジェロ伝』注記pp.209-210)

 文人としても知られる法王パウルスは、なかなかのユーモリストでもあったようですね。遊女を母に持ち、孤児院育ちの身から作家・詩人として名を成したピエトロ・アレティーナは、裸の局部を隠すべきだと、激しい攻撃をミケランジェロに浴びせます。『最後の審判』の35に及ぶ裸体は、やがてふんどしや腰布をまとわされる運命になって行きます。
画像の説明
 1981年から13年かけて大規模な修復が行われ、隠された陰部が露出されたとき、ムンクの叫びを思わせる絶望する人が女性であり、式部長官ピアジオがモデルのミノスは睾丸を蛇に噛み付かれていることがわかったのです。