6、ダ・ヴィンチにとっての「私」

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 「お墓に行くことを否定することが、哲学のいちばん最初の問題だったんだよ。行かなくてもいいっていうことを明確に、みんなに知らせるのが芸術家だったの。レオナルド・ダ・ヴィンチなんか見てみてよ。彼は「『自然』とは私だ」と言った。自然を構築するために、水の動きや流れをコントロールすることから始め、小さな運河を何万と製造し、それを細胞のように使用することによって、レオナルド自身に、まず「似て」いる「場」を創作し始めていたんですよ」(茂木健一郎「荒川修作―進化は私たちの掌中にある」『芸術の神様が降りてくる瞬間』光文社、pp.306-307)
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 レオナルドにとって、その創造物はすべて「私という自分」の延長だという精神を汲み取って荒川は、体験遊戯空間「養老天命反転地」や、反バリアフリーの「三鷹天命反転住宅」を作りました。荒川のレオナルド解釈が生みだした建築作品を通して、レオナルド・ダ・ヴィンチの深層に入り込んで行くことにしましょう。

 お配りした資料の「荒川修作―進化は私たちの掌中にある」は、ニューヨークで前衛アーティストのマルセル・デュシャンや不確定性原理のハイゼンベルクといった時代の寵児とふとしたきっかけで知己を得た荒川が、ダ・ヴィンチの思考を身に受けて、知の新しい体感的舞台を構築していくミニ・自叙伝の感がある対談になっています。注目すべきなのは雪の結晶の中谷宇吉郎や偶然の輝きを大事にする『「いき」の構造』の九鬼周造、さらには世界と交流する「身(み)」としての身体論を展開した市川浩、オートポイエーシスの河本英夫といった科学や哲学の先達の名前が続々と荒川の口から出てくることでしょう。

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 こうした人たちは、いわばダ・ヴィンチの分身とも言える人たちであり、神が万物にあまねく存在化しているとするホッブスの言い方にならえば、ダ・ヴィンチが時代を越えてさまざまな人たちのなかに存在している、とも言えると思うのです。
さて、「生きていることを再認識させる芸術」の提起であり、「私という自然」を絵画や発明の形で表現しようとしたダ・ヴィンチに模して、荒川自身が新しい「私のかたち」として提起した「養老天命反転地」に、実際に身を置くことにしましょう。

 この空間では、大地に縛り付ける重力を意識していない「私」という存在が、ある場所ではその重力の存在を強く体感し、ある場所ではその重力を無化して自由になる自分を見出すことが出来るのです。バリアフリーが実は、私たちの生きる力を奪っているとの認識から、わざと居心地の悪い空間にすることによって、普段なら使わない五感を活性化して生きる力を取り戻す「三鷹天命反転住宅」のような試みも生まれてきました。「私という存在」はその場によって、「新生」あるいは「進化」の新たなあり方を発見するのです。