6、ピアノ四重奏曲変ホ長調k.493

   「ぼくは…それを使って弾かずにはいられなかった」
      (1787.1.15 親友フォン・ジャカンへの手紙)

 ウイーンにいる親友フォン・ジャカンにこの手紙を書いたとき、モーツァルトは愛妻・コンスタンツェとともに、プラハの支援者トゥーン伯爵家にいました。前年の1786年12月における『フィガロの結婚』のプラハ初演が大成功をおさめ、地元の識者たちが夫妻を同地に招待したのです。

「なにしろここでは、話題といえば―『フィガロ』で持ちきり、弾くのも、吹くのも、歌うのも、そして口笛も―フィガロばかり。―『フィガロ』以外―ほかのオペラなんか目もくれないんだ。明けても暮れても『フィガロ』、『フィガロ』。たしかに、ぼくには大変な名誉だよ」(同手紙)

 と興奮を隠せないモーツァルトが、食後に伯爵家のおかかえ楽士たちによる音楽を楽しんだあと、泊まっている部屋に「とても立派なピアノフォルテ」が運ばれてきました。「さっそくその晩それを使って弾かずにいられなかったのは、きみにも容易に想像してもらえるだろう」と書くモーツァルトが部屋で「こっそり弾いた」のが、このピアノ四重奏曲第二番変ホ長調k.493なのです。

 『フィガロの結婚』k.492の作曲で忙しい最中、出版社ホフマイスターからピアノ四重奏曲3曲の依頼があり、1785年10月16日にピアノ四重奏曲第一番ト短調k.478が完成します。しかし、「一般大衆は難しすぎてだれも買おうとしないだろう」と出版社側は難色を示し、結局モーツァルトは同社との契約を解除します。

 「モーツァルトの運命の調性」(アインシュタイン)とされるト短調で書かれたこの第一番は、アインシュタインに言わせれば

 「当時の多くのコンチェルトと同程度に高度な技術をピアニストに要求し、三つの弦楽器のパートを、ディレッタントの習慣や水準をはるかに超えた程度に主題に関与させている。そのうえ、…多くの厳粛さ、情熱、深みを処理していかねばならないというむずかしさがある。これはもはや楽しんだり、笑ったりしながら聴ける社交芸術ではない」
(アインシュタイン『モーツァルトーその人間と作品―』浅井真男訳、白水社、p.361)

のであり、実際この曲はほとんど売れなかったようです。

 『フィガロの結婚』はプラハでは大当たりをとったとはいえ、ウイーンでは「難曲」「退屈」の声もあって、すでにこのころからモーツァルトの音楽は大衆から「難しすぎる」との印象を持たれ始めていました。たぶんモーツァルトは、大衆のこの変化を敏感に感じ取り、「技巧的には少しやさしく作った」(同p.362)と言われるのがこのピアノ四重奏曲第二番なのです。やさしい、とはいえ、もちろん「案出の独創性と新鮮さ、仕上げの巧緻などの点で、決して前作に劣らない傑作」(同p.362)であることに変わりはありません。この第二番はアルタリアから出版されました。何はともあれ聴いてもらいましょう。ドイツのピアニスト・クリスティアン・ツァハリス演奏によるピアノ四重奏曲変ホ長調k.493です。

 さて、「運命の調性」であるト短調といえば、第二回にとりあげた弦楽五重奏曲ト短調k.516、そして小林秀雄が戦後の大阪・道頓堀で聴いてショックを受けた40番ト短調交響曲k.550があることは言うまでもありません。小林秀雄がゲオンの「tristesse allanteトリステス・アランテ」に触発されて、この二曲から「疾走するかなしみ」を見たことはこの第二回で紹介しました。小林は、弦楽五重奏曲ト短調k.516の冒頭アレグロの楽譜を示しながら、次のように書いています。

 「ゲオンがこれをtristesse allanteと呼んでいるのを、読んだ時、ぼくは自分の感じを一と言で言われたように驚いた。確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、『万葉』の歌人が、その使用法をよく知っていた『かなし』という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない」(小林秀雄『モオツァルト』新潮文庫、pp.45-46)

 小林のこの表現に対して、受講生のおひとりから、万葉の歌人が感じている「かなし」とゲオンの言う「かなし」とは意味が違うのではないか、と異議がでました。小林の意味の取り違えでないとしても、これは筆の滑り過ぎである、というのです。

 大野晋編『古典基礎語辞典』(角川学芸出版、2012.10)によると、「かなし」(悲し、哀し、愛し)は次のような意味を持っています。

「愛着するものを、死や別れなどで、喪失するときのなすすべのない気持ち。別れる相手に対して、何の有効な働きかけもしえないときの無力の自覚に発する感情。…」(pp.355-356)

 ようするに、何もできないことにたいする無力感の表明が「かなし」ということなのです。たとえば、万葉集に
「世の中は空しきものと知る時しいよいよますますかなしかりけり」
あるいは、『源氏物語』に「別れというもの悲しからぬはなし」(夕顔)とあるのは、その典型的な表現でしょう。

 これは「せつない」と同義ですが、「これ以上の愛情表現は不能だという自分の無力感、自然の風景や物事のあまりのみごとさ・ありがたさに、自分の無力を痛感する」ことから、子どもなどが「かわいくてしかたがない」の「かなし」や、花鳥風月に「心打たれてせつに感じ入る」の「かなし」が出てくるのだそうです。次のように。

 「父母を 見れば尊く 妻子見れば愛しく」(万葉集)
 「百鳥の 来居て鳴く声 春されば 聞きの愛しも」(万葉集)
さて、皆さん、小林への苦言、どう思われますか。

 ところで、別な受講生から、弦楽五重奏曲にハ短調k.516bというのがあるが、これはk.516と何が違うのか、とご質問が出ています。これは八つの管楽器用の『セレナーデ ハ短調』k.388(1782作曲)を弦楽五重奏曲に編曲したもので、k.407(k.516b)と併記されるように、ケッヘルが分類したときは、400番台の早い時期に書かれたものと思われていました。その後の研究で、チェロの弾き手である新プロイセン王に捧げることを意図して1787年春に書かれたらしいことがわかり、516のあとということで516bの新番号がつけられたのです。