6、偏らない社会をいかに実現すべきか

          ―プラトンの結婚観―

 第六巻の一五~一八の通読です。ここには、結婚(γάμος)についてのなかなか興味深い考え方が書かれています(771E-773B)。まとめてみると

1、 できるだけお互いのこと、とくに花嫁の実家や花嫁本人のことについて、よく知るようにしたうえで結婚すること。
2、 少年、少女は一緒に踊りを楽しむようにし、適当な年頃に限るが、お互いの裸を見たり見られたりする機会を与えること。
3、 男性は25歳になったら、お互いに調べたり、調べられたりして、似合いであると思った相手と35歳になるまでに結婚すること。
4、 男子たるもの、いたずらに金持ちを選ぼうとしたり、貧しいものを避けたりするようなことをせず、自分のところよりも経済的に低いほうと結婚すべきである。なぜなら、釣合いがとれていることがもっとも徳に適うことだからである。
5、 同様に釣合いを求めることから、せっかちで急ぎ過ぎな者は、物静かな家庭から妻をもらうよう心がけ、反対に物静かな性格のものはその反対の性格の家庭から妻を迎えるべきである。
6、 各人は、国家にとって利益となるという視点から結婚を考えるべきであって、自分にとって好ましいと考える形で相手を選ぶべきではない。

 とまあ、こんな具合にプラトンは、余計なお世話である、と言いたくもなるような提案を、個人の結婚に対してしているのです。その訳としては、人間の本性は自分に似たものに惹かれるものであり、その結果、富の上でも性格の上でも、不均衡が生まれ、それが国を不安定にする原因になっている、と言うのですが(773C)、さて皆さんは、どう考えますか。

 ただし、さすがにプラトンは、

「金持ちは金持ちと、ゆったりした性格の者はゆったりとした性格の者と、せかせか型はせかせか型と、結婚すべからず」

 などという具合に、法律の条文で規定することは滑稽であり、多くの人々の怒りを買うだろうから、そこまではすべきでない(773C)、と付け加えていますがね。
国家の人間は、「混酒器(クラテール)」で酒を混ぜ合わせるように、性格や富が分散して混じりあっているのが理想的であるとプラトンは考えていました。現代風の用語に従えば、多様な社会、多様性を許す社会こそが、国そのものを豊かにする、との考え方だと言えるでしょう。

 次回は、第六巻の一九~二三を通読。とくに、奴隷制のことを考えます。