7、より良いとより賢いは同じか

 前回、「一本の笛を巡る三人の子どもの争い話」で、アマルティア・センは、功利主義者ならば、笛を吹ける子どもに軍配をあげるだろう、と書いています。これに対して、この誰が笛をもらうべきかという話は、アリストテレスの話に登場する笛の話と同じなのでしょうか、との疑問が出されました。笛は、吹かれることに目的(テロス)があるのだから、その考えに沿えば、笛を吹ける子どもにあげるべきだと、アリストテレスは答えるでしょうね、ともう一人の受講生が応じました。
 しかし、最初の受講生は、どうも腑に落ちない様子です。というのも、アリストテレスに従えば、笛のあるべき姿が吹かれることであるのだから、笛を吹ける人間がもらうべきだ、となるのですが、これを功利主義者の結論と一緒にすることに納得がいかないからなのです。だって、アリストテレスは功利主義者、ではありませんからね。

 ところで功利主義とはどのよう意味合いをもった言葉なのでしょうか。英語では

 utilitarianism

 と言います。utility は、

 1、有用、有益、実用性 
 2.役にたつもの、実用品

 の意味があり、「功利主義」(utilitarianism)とは、簡単に言えば「役に立つこと」「有益」「有用」を価値の原理に置く考え方のことになります。

 アリストテレスの「笛吹きの話」は、『政治学』での議論です(山本光雄訳、岩波書店、p.122)。そこにあるのは、

 生まれがよいとか、美形であるとか、金持ちであるから、といった理由で、笛を与えてはいけない、あくまでも笛吹きの技術に優れたものに与えるべきである

 という考え方です。

 なぜなら、生まれや、美しさや、富を有していたとしても、それだけでは、笛を善く吹けることにはならない

 からです。

 さて、これは、功利的な考え方に通じるものでしょうか。
まずは、アリストテレスの基本的考え方を整理しておきましょう。

1、 アリストテレスの基本的な考えかた

 すべての物事は「善」(アガトン)を求める。何が善かは、その「目的」(テロス )によって多様である。

医術 健康の維持・増進
造船 船を造ること
統帥術 勝つこと
家政術 富の蓄積

 これらのすべての目的の先に、善の善とも言うべき「最高善」がある。
この最高善とは、誰もが求めている「幸福」(エウダイモニア)に他ならない。したがって、すべての活動は、幸福を実現するための手段である、と言っても良い。
この幸福をポリス(国家)の人々にもたらすのが「政治」(ポリティケー 政治術)である。
 (以上、アリストテレス『二コマコス倫理学』加藤信朗訳、岩波書店、pp.3-4)

2、 笛吹きの話

『政治学』(ポリティカ )に出てくる笛吹きの話は、次のようなものである
              (山本光雄訳、岩波書店、p.122)。

 その人の生まれや美しさ、富の多寡によって笛を与えてはならない。笛を吹く技術がもっとも優れているものに与えなければならない。

 この考え方は、一見、笛を役立てる者に与える、という「功利主義」(役立つこと、有益さ、を優先する考え方)に通じるように思われる。だが、どうだろうか。

 アリストテレスの目的論は、さまざまな「術」(テクネー)が、その用途(目的)を最高度に発揮させることに価値を置くものである。そして、その目的の実現は、人々の「幸福」につながらなければならない。笛は「音楽によって人々の心を豊かに」し、その結果として人々が「幸せ」な気持ちになる。それ故、笛吹きの術にもっとも優れた者が、笛をもらう権利がある、と考えるのである。
 功利主義は、笛がその人だけに役に立とうが、社会のために役立とうが、そのことには頓着しない。 アリストテレスなら、センにこう質問するだろう。

 「その笛は、だれのために、何のために存在するのか」

と。

 今回は、下のレジメにあるウイトゲンシュタインの「謎の問いかけ」にまで至りませんでした。乞う、次回です。
 
 <レジメ>
「ウィトゲンシュタインは不思議な謎のような言葉を残している。『私は全く真面目に働いており、より良く(better)、また、より賢ければ(smarter)と願っています。そして、これら二つのことは、全く同じものなのです』。これは本当だろうか。より賢い人間であることと、より良い人であることは、全く同じことだろうか」
             (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.70) 

 ●good と smart は、かなりな違いを含む言葉である。辞書的には

 good:1、よい、上等な、申し分のない、すぐれた 2、適した、望ましい、役立つ(beneficial)、好都合の、ふさわしい(suitable) 3、(人、行為が)立派な、公正な、正しい(correct)…7、(健康に)よい、適した、(薬が)効く…10、(~に)熟達した、巧みな(skillful, clever)…

 smart:1、(主に米)利口な、賢い(clever)、気のきいた、才気のある、抜け目のない、悪賢い 2、活発な、きびきびした、機敏な(brisk)3、(主に英)(身なりの)きちんとした(neat)、洗練された、(衣服などが)ぱりっとした、流行の、ハイカラな、しゃれた、上流階級の …
                     (ジーニアス英和大辞典)

 smartは、日本語で「あいつはうまくやったな」「世渡りがうまい」などと言うときの「うまい」に近い。「うまい」は、作業をするときの巧みさやスポーツにおける腕前のよさ、さらには人生遊泳の熟達ぶり、などに使われる。私たちがよく知っているように、「うまい」には「ずるい」に象徴される「よくない」意味をともなっている。「人生をうまく渡る」とは、決して徳に満ちて生きるわけでもなければ、カントの言うように、神の格率(普遍立法)に適うようひたすら自己を導いていくわけでもない。
 濁流を乗り切るためには、あらゆる知恵と体力、気力を駆使して、水や波の動きを見極め、岩場や浅瀬・深みの配置などを読み取っていく技が求められる。それはまさしく「知略」というべき巧みさなのであり、自然の猛威を出し抜くためには先を読んで未来の危険を探知する力がなければならない。
 ある意味では、自然以上に残酷で残虐な運命をときに私たちにもたらす人生という荒波を乗り切るためには、私たちはときに「ずるく立ち回り」「さかしく動き回り」「知らぬふりを決め込み」「心にもないお追従を発し」「可笑しくもないのに笑い」…といった日常を繰り返しているのではないか。
 一言で言えば、この「ずるい生き方」がsmart な生き方なのである。換言すれば、smartには「悪」が含まれている。よりずるく生きることが、より良くいきることと等しい、とは! ウィトゲンシュタインの謎に迫ってみたい。