7、われわれの国家では、誰ひとり乞食であってはならない

 前回の「プラトンのガイア理論」に対して、主に、二つの疑問が出されたと思います。ひとつは、「ガイア理論は、one for all, all for one (一人はみんなのために、みんなは一人のために)ということでしょうが、プラトンの考え方には、one for allだけで、all for oneの発想が欠けているのではないか」。いま一つは、「万物を秩序づける根源として、魂が出てくるのはどうもしっくりこない」。まことにごもっともな前者の指摘は、次に取り上げる予定の佐々木毅著『プラトンの呪縛』(講談社)参照時に再び遡上に乗せたいと思います。

 ここでは、魂のことについて一言しておきたいと思います。プラトンの対話篇『パイドン』には、ソクラテスが「肉体は魂を閉じ込める牢獄である」と語るよく知られた独白があります。鉄格子つきの小さな昇降機に乗った主人公と兄が「牢屋みたいだ」「人間もこの通りだ」と会話を交わす夏目漱石の『行人』のシーンは、おそらく、『パイドン』を念頭に置いたものでしょう。

 魂はギリシア語プシュケー(ψῦκή)の訳語ですが、原語には①生命②死者の魂、亡霊③生命の根源としての霊魂④感情・意志・知性などの根源としての心、精神⑤魂を持つもの、生物、人間、といった幅広い意味(古川春風編著『ギリシャ語辞典』大学書林)を持っています。現代の訳語では、肉体の中に閉じ込められている「魂=心」のイメージが強くなっていますが、もともとの使われ方からすると、自然の大気に満ちている「気」、さらには宇宙全体にまで広がっている「気」が、歴史的な原意に近いのです。

 『法律(下)』の898C-899Dにおける「魂」の使い方は、この意味合いを反映したものであり、プラトンはこれを「神」と呼んでいますが、彼の考える神はゼウス信仰とはまったく別物で、地球を「生命体」と考える「ガイア理論」と同質のものだと言ってよいと思います。プシュケーを宇宙の創生にまで遡って、万有を生み出す原理として提起しているのがプラトンの宇宙論とも言うべき対話篇『ティマイオス』です。これは参考資料としてお配りしましょう。
 
 さて、本日は、11巻を読解することにしましょう。財産相続にかかわる遺言状関係(922B-932D)については、ご専門の甲斐聡先生に、プラトン自身の遺言状を材料にしながら、最終日にお話してもらうことになります。

 このほかに、ここには、小売業への蔑視に象徴される金儲け主義への批判(918D-920C)、現代にも通じる薬物使用の法規制や魔術にかかわる興味深い記述(932E-933E)、さらには「われわれの国家では、誰ひとり乞食であってはならない」(936C)、訴訟でもっぱら使われている弁論術のような技術(テクネー)は、「われわれの国家のなかには、なんとしても生じてこないようにしなければならない」(938A)といった、注目すべき発言も描かれています。
 
 みなさんの注目すべき箇所について、自由に論評・談論しましょう。