7、ウイーン・カフェ物語

 ウイーンの地下鉄ズュートティローラープラッツ(国鉄・中央駅)の出口を出てすぐ角の建物に、トルコ風の衣装を身にまとい、トレーの上のカップにコーヒーを注いでいる彫像を見ることができます。これが、ウイーンで“コーヒーの父”と呼ばれているコルシツスキー(1640-1694)で、通りの名前にもなっています。

コルシスキー像のある地下鉄出口コルシスキー像

 1683年、10万のトルコ軍がウイーン(「黄金の林檎」と呼ばれていました)を包囲したとき、トルコ語が堪能なポーランド生まれのコルシツスキーは、トルコ人になりすまして戦線を抜け出し、ドイツ・ポーランド連合軍に応援を頼むことに成功しました。敗走したトルコ軍に残されていたのが、膨大なコーヒー豆だったのです。彼は報償としてこのコーヒーを貰い受け、ウイーン中心街に最初のカフェを開きました。

 ヨーゼフ2世(在位1765-1790)の啓蒙政策に乗ってウイーンにはカフェが続々誕生し、モーツァルトが演奏会を開いた(1791)フラエンフーバーや、多くの文人が集まったカフェ・ツェントラル、そしてカフェ・モーツァルト、ザッハ―トルテを競うザッハ―やデーメルが、当時のままの姿で私たちを楽しませてくれています。

カフェ・フラウエンフーバーカフェ・ツェントラルザッハー