7、ソクラテスはシレノスかサテュロスか

 プラトンのソクラテス対話篇『饗宴』は、悲劇作品のコンクールで優勝したアガトン邸で、祝宴を兼ねたシュンポジオンの場で繰り広げられた哲学談義のお話です。恋の神「エロス」が、その名の割にはほとんど讃えられていないという声が出席者の間で出て、ひとりひとりがエロス讃美を行っていくという趣向です。

 ソクラテスが、ディオティマという女性から聞いたとして披露する話は、「美のイデア」はどのようなときに現れるかについて語られており、プラトンのイデア論の白眉となっています。そのあとに、ソクラテスの最大の「おっかけ」とも言えるアルキビアデスが酔って乱入し、ソクラテスのことを、内に「真理という黄金」を秘めたシレノスかサテュロスである、と堂々たるソクラテス讃美の論陣を張っていきます。
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酔ったシレノス像(2世紀)。盃を左手にもっている。(写真 by Wikipedia)

 シレノスもサテュロスも、基本的には、上半身が人間、下半身が馬の半人半獣の精霊です。内戦後のスペインに生きる少女の不思議な物語を描いた映画『パンズ・ラビリンズ』の牧羊神パーンも同じ仲間です。見かけは獣のように醜く、その言動も野卑で通俗に見えながら、その像の中を割ってみると、そこから真実の美が輝き出る、ことを、アルキビアデスはさまざまな形で例証していくのです。

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夫人を襲うサテュロス(16世紀)(写真 by Wikipedia)

『饗宴』に登場するエロス論のいくつかのご紹介。

パイドロス 
 ヘシオドスを引用し、カオス、ガイアについで誕生したエロスの出生の古さを讃える。

アリストパネス 
 もともと人間は、男/男、女/女、男/女 の三種類の存在だった。ゼウスが気の毒に思って切り離し、いまのような男と女の二種類の存在に変わった。かつての半身を恋い焦がれる気持ちが「エロス」の本質である。