7、ピアノ協奏曲18番変ロ長調k.456

 「私は…満足感で目に涙が溢れた」(父から姉ナンネルへの手紙)

 1784年は、モーツァルトにとって「演奏活動多忙を極める」年でした。モーツァルトがザルツブルクの父レオポルトに報告した手紙(1784.3.3)によれば、2月26日(木)から4月3日(土)までの1ヶ月と10日の間だけで、22回もの演奏会を貴族の館で行っているのです。そのほとんどが予約演奏会で、モーツァルトにとって貴重な収入源となっていったのです。

 モーツァルトは、父へ演奏会で忙しく手紙が書けないと詫びを入れ、演奏会の全リストをあげながら、急にこのような演奏会が増えたのか、次のように理由を述べています。

 「クラヴィーアの先生リヒターが、同じサロンで、土曜日に連続6回のコンサートを開いています。-貴族たちは、ぼくが演奏しないなら行きたくはない、と言いながら予約しました。リヒター氏は、ぼくに弾くように頼んできました。…そこでぼくは3回をぼく自身の予約コンサートにしました。みんなはそれを予約してくれたというわけです」(1784.3.3)

 ゲオルク・フリードリッヒ・リヒター(1759頃~89)は、ウイーンで人気のあったオランダ出身のクラヴィーア奏者兼教師です。モーツァルトはいわばその人気を凌駕し、悪い言葉で言えば客を“奪った”ことになるのです。しかし、リヒターは素直にモーツァルトの才能を認め「私はこんなに汗水たらして苦しまなくてはならないのに! あなたにとっては戯れにすぎませんね」と感嘆の言葉を漏らしました。これに対してモーツァルトは「いや、こうなるまでには、ぼくもずいぶん苦労しましたよ」と答えたといいます(アンリ・ゲオン『モーツァルトとの散歩』高橋英郎訳、白水社、p.215)
 
 当時は、演奏会では新曲を披露するのが常識だったようです。「したがって書かざるをえません。一午前中は全部、生徒たちに時間を使ってしまいます。-そして夜はほとんど毎日弾かなくてはなりません」(同、父への手紙。 1784.3.3)とモーツァルトは内情を吐露するのです。

 こんなに忙しく、いったいいつ作曲するのでしょうね。この年に『自作作品目録』に記録された作品は十一曲とあまり多くはありませんが、うち6曲がピアノ(クラヴィーア)協奏曲なのです。 14番変ホ長調k.449、15番変口長調k.45O、16番ニ長調k.451、17番卜長調k.453、18番変口長調k.456、19番へ長調k.459-翌1785年の20番二短調k.466以降の作品に比べると、私たち一般人の印象は必ずしも強くないかもしれませんが、聴いてみればどれもやはり、「なるほどモーツァルト」「さすがはモーツァルト」と思わせる作品ばかりです。

 バーンスタインなどは、「「わたしは、自分の気に入りの曲をひとつ、ぜひとも挙げなければならない立場にたたされたとしたら」と17番卜長調の第二楽章アンダンテをあげ 「これは、抒情的な面での力が絶頂にあるときのモーツァルトであり、沈着さと、メランコリーと、強烈な悲劇的要素があいまって、ひとつの偉大な抒情的即興曲をつくりあげている」と絶賛しています。さらにそこからは、シューベルトの「リート」の平安、ショパンの巧緻、マーラーの黙考、を感じるでしょう、とまで言っているのです(バーンスタイン『音楽を語る』岡野弁訳、全音楽譜出版社、1972.7, pp.85・86)

 モーツァルトの協奏曲全体への賛辞と言えば、何と言っても第2回目に登場したアンリ・ゲオンのものでしょう。彼は「協奏曲は彼(モーツァルト)のメッセージであると私は言いたい。つまり、彼が生まれながらに授かった、唯一の神秘的な種子なのだ!」(アンリ・ゲオン『モーツァルトとの散歩』、p.214)とし、次のような賛辞を贈るのです(同pp.215-216)。

 それらはひとつとして重複するものはなく、それぞれ独自の雰囲気と、光と、香りをもたないものはない。それらはいずれも、魅惑の世界を横切り、二度と同じ道を通らぬ散歩へとあなたがたを誘い出し、それのみか旅へといざなうことだろう。
 …
 平和、悦び、憂愁、冷淡、そして高揚、恋心と愛惜、ヒロイズム、気高さ、弱さ…これらの音の饗宴一聴く者はいつしかそのなかに誘い込まれ、どこへ導かれるのかわからないし、また尋ねようとも思わない。一瞬ごとに新たなものを見出せるからである。時どき姿を消す不思議な案内人のあとをつければ、やがてふと近くに現れて道を示してくれる。この案内人こそピアノである。

 父・レオポルトがそれを聴いて「目に涙が溢れた」と表現しているピアノ協奏曲18番変口長調k.456は、1785年2月13日にウィーンのブルク劇場で披露されたものです。前日に、ハイドンへ献呈した弦楽四重奏曲6曲の3曲がフィガロ・ハウスで演奏され、ハイドンから「息子さんは名実ともに最も偉大な作曲家です」と最上級の賛辞を受けたばかりでした。

 この音楽会には皇帝ヨーゼフ2世も臨席しており、演奏を終えたモーツァルトが退場すると「皇帝はお持ちの帽子で挨拶を送ってくださり、『ブラヴォー、モーツァルト』とお叫びになりました」と、ザルツブルクの娘・ナンネルに書き送ったのです(1785.2.26)。

 さて、それでは1994年に来日したリヒテルが指揮・バルシヤイで新星日本交響楽団のもとで演奏したピアノ協奏曲18番変口長調k.456を聴いてもらいましょう。

 https://www.youtube.com/watch?v=59KlUrPvxUw

 第一楽章(アレグロ・ヴィヴァーチエ)の軽やかな音の響きはまさに喜びと平穏、聴いているだけで幸せになりませんか。
 第二楽章(アンダンテ)は打って変ったような甘美なメロディーが流れだし、うっとりと私たちはそこに身をゆだねたくなります。こういう涙もあるかと思われる愛に満ちた悲しみ。
 第三楽章(アレグロ・ヴィヴァーチエ)は、楽しく再び軽やかな響きに満ち溢れ、元気が身体にあふれ、何かをしたくなってくる。

 解説者はリヒテルの演奏を、おさかなさんが飛び跳ねているようだ、と、なかなか見事な表現をしてくれています。

 よろしかったら、バーンスタインの演奏・指揮によるピアノ協奏曲17番卜長調k.453も聴いてもらいましょうか。

https://www.youtube.com/watch?v=cTO77dwm6uk  第一楽章
https://www.youtube.com/watch?v=itiY352hgjM    第二楽章
https://www.youtube.com/watch?v=IvhxfXeGees    第三楽章

どうですか、バーンスタインの何とも幸せそうな表情。そして、お奨めの第二楽章に皆さん、何を感じるでしょうか。