7、ホーキングとかけてアリストテレスと解くーその心は「虚」

 ホーキングはなんとガリレオが死んだ(1642年)のと同じ日、1月8日(1942年)に生まれました。1981年に世界の宇宙論者が集まり、ローマ教皇庁科学アカデミー主催の国際会議がヴァチカンで開かれていました。科学と宗教の両立を目指してガリレオ復権を目指していた法王ヨハネ・パウロ2世は、車イスで出席していたホーキングに次のように語ったそうです(ホーキング『宇宙を語る』早川書房、p.167)。

 「ビッグ・バン以後の宇宙の神秘を探究するのは大いに結構だが、ビッグ・バンそれ自体は探究してはならない。なぜならそれは創造の瞬間であり、神の御業なのだから」

 宇宙がゼロ点の大爆発で始まったとするビッグ・バン理論は、ゼロに宇宙の全物質・エネルギーが凝縮しているとする無限大の悩みがあり、それ以前はどうなっているのか、との始まりの問題を抱えています。素人でも容易に感じるこの問題は、神の御業、とするのが最も簡単な解決法です。教皇庁としても、神の存在を留保できることによって、宗教の存立を保てるわけです。

 ところがホーキングは、実はこのときすでに「時空は有限であるが境界がない、はじまりがなく、創造の瞬間がなかったことを意味する」無境界仮説を組み立てていたのです。そのために導入されたのが「虚時間」という、常識では理解不能の考え方でした。

 数学の世界では虚数は便利な道具として使われており、実数と虚数を組み合わせた複素数は、ベクトルの位置を座標上に示し、足し算や掛け算を可能にしています。道具としての虚数を、宇宙の時間の現実的な在り方として導入し、宇宙には始まりも境界もない有限な存在であることを、ホーキングは提示したのです。

 「宇宙にはじまりがあるかぎり、宇宙には創造主がいると想定することができる。だがもし、宇宙が本当にまったく自己完結的であり、境界や縁をもたないとすれば、はじまりも終わりもないことになる。だとすると、創造主の出番はどこにあるのだろう?」とホーキングは問いかけます(ホーキング『宇宙を語る』早川書房、p.200)
「虚時間」の導入によって、宇宙が有限で始まりがない完結した存在である、ならば、「虚」が私たちが観察できる「実」としての宇宙のありようを決めていることになります。これはなかなか興味深い問題で、アリストテレスの「魂(心)」と「身体」との関係を思い起させます。

 プラトンは『パイドン』のなかで、魂は身体という牢獄に閉じ込められていることを、師ソクラテスの言葉で語らせています。魂(心)が脳にあって、死ねば心も消滅する、との私たちの考え方も、基本的にはこのソクラテスの考え方と変わりはありません。
 
 これをアリストテレスは逆転し、魂によって身体は維持されている、と説いたのです。見えない魂は、どこかホーキングの解く宇宙を保つ虚の世界を思わせはしないでしょうか。

 虚がある限り、宇宙は生成も消滅もしない永遠の存在となります。単なる仮説ではなく、いつの日か虚がその存在を白日にさらす日が来るかも知れませんね。