7、技術のSingularity (特異点)は、人類にとって吉か凶か

 AIをめぐっての私たちの議論は、人間とは何か、生命とは何か、に至り、AIや人間の運命にまで想いを馳せるようになってきました。これは果たして単なる空想なのか、それとも未来を見通す創造力の表れなのでしょうか。南極体験のある方の打ち明け話は胸に響きました。「南極の氷山はおしゃべりしてくる。静はあるけれど寂はない。ペンギンやアザラシは決して寂しくない。生命体は天から降りてきて、氷山に降りるとそれに合った生命になっていく、という話を聞いたことがあります。命はつながっている。それがとても不思議で仕方がないのです」。
 
 今回は、ソフトバンクの孫正義社長が描く、AI社会の未来像に対する楽天的な見方を紹介しましょう。孫社長は、加速度的に増す人工知能の能力は、やがて「Singularity」と呼ぶ技術の特異点を越え、人類は1万倍の知能をもったさまざまな人工知能マシンに囲まれた生活を送るようになり、寿命は200歳まで伸びるだろう、と断言しています。
 (ソフトバンク第36会提示株主総会の動画
1時間10分ごろから1時間40分ぐらいまで、孫社長の話をご覧ください)

http://webcast.softbank.jp/ja/shareholder/20160622/index.html

 情報革命の時代を迎え、半導体チップの倍々ゲームで進化を遂げてきたIT技術の発展をもとに、描き出されたこの未来図を皆さんはどう考えるでしょうか。
 
 今回のためにお配りしたイギリス・ケンブリッジ大学の天文学者マーティン・リースは、宇宙の質量密度の有り様によっては、ビッグ・バンから始まった膨張宇宙が収縮に転じ、逆にゼロ点に戻っていくビッグ・クランチに至る、との絵図を描き出しました。そのリースが、上梓した本が『今世紀で人類は終わる?』(堀千恵子訳、草思社、2007.5)です。素粒子を巨大なエネルギーで加速し、素粒子同士を衝突させる「粒子加速器」の実験によって、空間に亀裂が生じ、一瞬にして私たちの宇宙そのものが消滅してしまう話は、人類がその無類の好奇心のために自らを消す可能性を示しています。
 
 興味深いのは、ある種の哲学的考察によって、私たち人類が、終焉の近くに来ているのか、それともこれから繁栄を続けていく入り口にいるのか、思考実験をしている点ではないでしょうか(pp.171-178)。これは、「技術的特異点」や、ビッグ・クランチ、あるいは粒子加速器の実験、といった科学技術的な予測とは異なる「考える力」だけによって、私たちの未来を占うものです。
 
 1-10の数字を書いたボールが入った箱から6を引くのと、1-100の数字を書いたボールの入った箱から6を引くのでは、その確率はまったく違います。寿命が10年の世界で6の位置にいるならば、私たちの寿命はあと4年しかありません。しかし、100年の寿命の世界で6の位置にいるなら、まだ94年残っていることになります。この思考形式によって、人類の人口はどこまで増えるのか、を考えるのです。
 
 これまでの存在してきた人類の総数は600億人と推定されています。人類の生涯人口数が1000億人とすれば、私たちはすでに終焉へと向かっていることになります。なぜなら、人口の増加は加速度的であり、あと400億人しか余地がないとすれば、物理的な宇宙の終焉の前に、人類の終焉が訪れるのは目に見えているからです。しかし、もし人類の生涯人口数が10兆人を越えるならば、600億人はまだ入り口に過ぎず、これから人類は繁栄を続け、孫社長の言う「技術的特異点」を体験することになるでしょう。

 私たち人類は、いまどの位置にいるのでしょうか。そのポジションは人類にとって、吉に向かう点なのか、それとも凶に向かう点なのか、さて…。