7、魂の三部分が調和しないと悪徳がはびこること

第四巻一四~第五巻三(351-387頁、438D-452E)

 この箇所は、以前私たちがその萌芽として見て来た(375B-376C)、魂の三分説(「理知」「欲望」「気概」)についての詳しい説明が中心になって進みます。この三つの部分が調和せず、どこかの部分が他を侵食したりすると、その混乱によって悪徳がはびこる、というのです。

 国の状態も、この三つの部分が調和して働かないと、不正、放埓、卑怯、無知などの悪徳がはびこることになります。その悪徳が、国制の形になって表れたものとして、五つあることを匂わせ、四巻は終わります。

 五巻は、国家において私たちが首をかしげたくなる妻女の共有の問題が展開されていきます。

第四巻
一四 魂には、理(ことわり)を知る<理知的部分>と、恋、飢え、渇きなどを感じる非理知的な<欲望的部分>がある。
一五 魂には、もう一つ<気概の部分>がある。
一六 魂の<理知的部分>は、知恵があって支配にふさわしく、<気概の部分>はそれに聴従し、その味方となって戦うのがふさわしい。
一七 靴作りは靴作り、大工は大工の仕事だけするのが正義である、との考え方は、正義の影、というべきものであり、本当の意味とは、魂の三つの部分がそれぞれ調和しながら自己を支配する、ということなのだ。
一八 不正とは、それら三つの魂の部分が、全体を支配しようする一種の内乱であり、そうしておこる混乱や本務逸脱が、不正、放埓、卑怯、無知などあらゆる悪徳にほかならない。正義をつくるとは、こうして混乱した魂の状態を、自然本来のあり方にしたがって調和させることなのだ。
一九 徳の種類はただ一つだが、悪徳の種類は無限にある、しかし、とくに注意すべき悪徳が五つある。国制のあり方においても同じだ。まずは、<王政>と<優秀者支配制>があるが、これらは一つの種類としておこう。

第五巻
一 (423E-424Aで述べた)妻女と子供の共有について、どのような形で行われるのが正しいのか、説明すべきではないのか。
二 それを話すのは、容易なことではないのだよ。
三 女子も男子と同じように使おうとしたら、女子たちにも同じことを教えなければならないだろう。そうすると、習慣に反したいろいろとおかしな情景が現出することになるだろう。