8、ダ・ヴィンチとワイン健康法

 レオナルド・ダ・ヴィンチの蔵書の中に、食と健康に関わる二つの書物がありました。1481年にミラノで出版された『サレルノ学派の養生訓』と、1475年にローマで出版された『佳き生活と健康』です。前者は、ギリシア・ローマ医学を起源とする学的体系、後者はメディチ家にも使えたことのあるヴァチカン図書館長が、世界遺産にも登録されている大司教アクイレリアの料理人から聞いた話がもとになっています。

 ダ・ヴィンチがこの二つの本からの健康法をどれだけ活用したのかはまったくわかりません。ただ、彼の「アトランティコ手稿」には、『養生訓』の冒頭にある「もし病気にかからず、健康でいたいなら…」が書かれており、ダ・ヴィンチの「健康哲学」として常に意識されていたと考えていいでしょう。

 『サレルノ学派の養生訓』と『佳き生活と健康』には、ワインに関する記述が実に多く見られます。

 「よいワインはあなたをよりよい状態にする。…軽い、透明な、年を経て熟成し、軽く発泡性のあるワインを水で少し薄めて、節度をもって飲みなさい」(『サレルノ学派の養生訓』16章)「ワインがなければ豚肉は羊肉よりまずい。しかし、ワインがあればこれはほとんど薬である」(同25章)
 「賢明な人は、ウナギもチーズも、一杯のワインもなしで食べることは賛成しない。少なくとも一杯以上のワインとともに食べるべきである」(同31章)「ワインなしの夕・昼食は、美しくないだけでなく健康的でもない。のどが渇いた人にとってワインを飲むことは、空腹の人にとってのどんな食べ物にも増して、快くうれしいものだからである」(『佳き生活と健康』416)

 フィレンツェ郊外のフィエゾレ産ワインの不出来にがっかりして、その地区の農場管理人に大地を肥やすための方法をアドバイスしているミラノからの手紙が残っています(1515年。渡辺怜子『レオナルド・ダ・ヴィンチの食卓』岩波書店、pp.72-73)。

 「ご承知と思うが、大地を肥やさねばならないことは申したとおりであり、そのためには消石灰かあるいは古壁のモルタルで根を蔽うのがよろしい。モルタルは根を乾燥させ、その結果茎や葉は空中から葡萄を熟成させるに必要な物質を吸収する。それでもなお、ワインがはなはだ不味くできあがるのは、無蓋の容器に入れるからで、そうすると発酵時にエッセンスが空中に逃げ出し、皮と果肉とにより着色しただけの風味のないリキュールが残ることになる」
 
 『手記』によれば、病気の治療や病人の世話、薬の処方に何よりも大切なことは、「人間とは何であるか」「生命とは何であるか」「健康とは何であるか」知ることである、とダ・ヴィンチは強調しています(下、p.300)。ダ・ヴィンチが「ワインとは何であるか」を考察した結果が、こうした手紙に反映していると考えることは、理に適っていますね。

 1497年、ダ・ヴィンチはミラノ候イル・モーロから、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の南側に、ブドウ畑のある細長い土地(1ヘクタール、200m×50m)をもらいました。死を覚悟した22年後にフランスで遺書をしたためたとき、ダ・ヴィンチはこの土地を「ミラノの市壁の外に所有している庭」と書き、その半分をあのいたずら者だったサライに「永久に贈与する」と書き残したのです(『手記(下)』遺言状p.335)。