8、ダ・ヴィンチにおける「哲学」の問題

 前回は、お一人の炯眼「数学の世界は決まっているが故に非創造的、これに対して決まっていない世界に属する芸術や哲学は創造的」で、幕を閉じました。今回は、いよいよ、ポール・ヴァレリー『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』を素材としながら、レオナルド・ダ・ヴィンチを肴に、「哲学」の問題にチャレンジすることになります。お配りしたのは同書の「レオナルドと哲学者たち」(1929)の全文です。

 通常、哲学は言葉をもって語られます。しかし、思考を詰めていくと、言葉では語られない領域が、見えてきたり、感じられたりします。ダ・ヴィンチの絵とは、そのような世界を描いた、まさに「哲学」である、とヴァレリーは語り「絵画をもって哲学としたわれらがレオナルド」と結論づけています(『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』p.192)。

 このヴァレリーの話を、前回の数学の話につなげると、なかなか面白い世界が見えてきます。数学者・岡潔はその名著『春宵十話』(光文社文庫)を、数学は情緒を表現する芸術の一形式である、との立場に立って書いています。お一人の方の提言に抵抗するような、いわば「数学芸術論」なのですが、そこの「数学と芸術」なる一文に、つぎのような表現があるのです。

 数学の目標は真の中における調和であり、芸術の目標は美の中における調和である。(p.164)

 「真(理)の中の調和」と「美の中の調和」、なかなかの表現ではありませんか。ここに「善の中の調和」を加えると、真、善、美における調和の問題へと進んでいきます。「善の中の調和」が、さしずめ「哲学」ということになるでしょう。
ダ・ヴィンチが目指していたものは、「数学と芸術」との融合である「美の中に、真(理)の調和を求めた」のだったのではないでしょうか。では、哲学の場に踏み込んでいる私たちは、どうなのでしょうか。「善の中に真(理)の調和」を求めているのでしょうか。

 真・善・美を組み合わせると、次の六つのパターンがあることに気づきます。

「真の中の善の調和」「真の中の美の調和」
「善の中の美の調和」「善の中の真の調和」
「美の中の真の調和」「美の中の善の調和」

 以下のことでご発言をお願いできますか。

① ヴァレリーの「レオナルドと哲学者たち」のなかで、印象に残ったり、気になったりした箇所はどこで、そこからどのようなことを感じたでしょうか。
② 「真・善・美」をめぐる上記六つのパターンのうち、あなたが求めているのは、どれに近いでしょうか。