8、偉大なるものはすべて、嵐の中に立つ?

 今回は、ハイデガーら哲学者たちが、プラトンをどのように読み、評価してきたのか、佐々木毅著『プラトンの呪縛』(講談社)から見てみることにしましょう。ナチス擁護に対する批判がいまだに消えないハイデガーは、フライブルク大学総長就任演説(1933年5月27日)「ドイツの大学の自己主張」を、プラトンの次の言葉で結んでいます(同書118頁)。

 「偉大なるものはすべて、嵐の中に立つ」(プラトン『国家』6.497D9)。これは『国家』6巻にあるのですが、原文の正確な表現ではありません。この箇所は、国づくりはすべて危険に満ちていて(ἐπισφαλής)、大きなこと(μεγάλα πάντα)を成し遂げるのには困難を伴う(χαλεπός)、の意味で、「偉大なものは嵐の中に立つ」は、格好が良すぎる意訳です。国づくりにとってもっとも大切なのが「哲人」の位置づけであり、哲学的な素養を備えたものを、どのようにして国のリーダーとして育てていくべきかが、語られているのです。

 ハイデガーは、プラトンの『国家』の表現を引用することによって、ナチスの偉大さをたたえているように思われます。国を導く「哲人」にヒトラーをなぞらえているとは思いたくありませんが、その可能性のほうが高いでしょう。
ハンナ・アレントは、『国家』の哲人政治を、「彫刻家が(自分のイメージによって)像をつくるように、(哲人は)自分の都市国家を(イデアによって)つくる」と見ている箇所を佐々木は引用しています(同書244頁)。

 太陽に喩えられる善のイデアは絶対的な真理であり、哲人はそのイデアの世界を現実のものへと転換する、ひとつの職人のようなものだと、アレントは考えたようです。その職人役に、ヒトラーのような人間がついた結果が、ナチスのような全体主義国家の現出だったというわけです。もっともアレントは、人間そのものに潜む「支配欲」と「服従心」が問題の根源であると見ているようですが。

 ちなみに、人間の活動生活を「行為action」「仕事work」「労働labor」に分けるアレントの考え方は、ギリシア語の次の三つに語に対応しています。

行為(プラクシス)πρᾶξις   日本語の「する」に対応。自動詞的な行動。
仕事(ポイエーシス)ποίησις  日本語の「製作する」「作る」(壷などを作る、など)に対応。他者を変容させる作業。職人の仕事が典型。
労働(エルゴン)ἔργον   日本語の「働く」に対応。時間や空間に拘束された作業。人に使われる作業や、収入に関係する作業。

 さて、最終の12巻では、国づくりの目標は「徳」の完成にあることが確認され、魂に宿っているとされる知性が、創造因=神になぞらえられ、以下の四徳のうちで、最上位に置かれています。『国家』では、正義が最上位の徳でした。

 知性・思慮(ヌース&フロネーシス)νόος&φρόνησις、勇気(アンドレイア)ἀνδρεία、節制(ソープロシュネ)σωφροσύνη、正義(ジカイオシュネ)δικαιοσύνη