8、全自然はなんのために存在するのか、の問い

★この日の講座は、次のような話で始まりました。

 カントは「人間は何のために存在するのか」の問いをたてた。
 ハイデガーは「私は誰だろう」の問いをたてた。

 これに対して、一人の受講生が、
ある哲学者が講演会で

「自分探しなどけち臭い。世界のために何ができるかを考えなさい」

と言った、との話を披露してくれました。

 なるほど、いい話です。そこで、銀河系のなかで太陽系は1億4000万年ごとに超新星爆発の頻度が高い銀河の腕を通過するために極端な寒冷化に陥り、7000万年前の恐竜絶滅もそれと関係があるのではないか、という説を紹介しました。太陽系はあと7000万年たつと再び銀河の腕を通過することになるので、人類は恐竜と同じ運命にさらされることになります。私たちは7000万年後の未来に対して何かできることはあるのだろうか、という大きな問いを立ててみたのです。
 私たちにとっての「世界」は、時間的にも空間的にも、驚くほどのスケールで広がっています。さて、あなたは、どう考えますか。

●今回の予定タイトル
いま一度「私たちは何のために存在するのか」の問いを立てましょう。

全自然はなんのために存在するのか、の問い
「(理性はこういう質問を発するー技術的所産と見なされるこれら一切の自然物はなんのために存在するのか、人間は自然において、我々に考えられ得る限りの最終の目的として目的の系列の終端を成すものでなければならないが、この人間そのものはなんのために存在するのか、更にまたこれほど広大でかつ多様な[自然の]」技術の究極目的はそもそもなんであるのか、と)(カント『判断力批判(下)』岩波文庫、p.217)

★サブ・テクスト:映像「宇宙の果てを求めて2/3―真空から出現した宇宙」

宇宙開闢ゼロの状態は、想像するだけでも極めて奇妙なものである。それはいわば、「大きさのない存在」とユークリッドが定義した抽象的な「点」の中に、わたしたちの宇宙を構成する全エネルギーが閉じ込められている状態である。それがビッグバンによって開放され、驚くほどの短時間(わずか1秒)のうちに膨張(インフレーション・モデル)し、物質界(16種類の素粒子+ヒッグス粒子)と光界という現在の私たちが置かれた状況へと進化していった。
アインシュタインが導き出した時間と空間とエネルギーを結びつける宇宙方程式によれば、宇宙に存在する質量(エネルギー)によって、わたしたちの宇宙が現在どのような状況にあるのかが計算によって導き出される。しかし、宇宙の星々の観測から得られたエネルギー密度だけでは、加速する宇宙膨張という宇宙のあり方を説明できないことがわかってきた。こうして、光を出さない「見えない物質」(暗黒物質ダークマター 1933年フリッツ・ツビスキー提唱)の存在が議論され、その候補者探し(たとえば、従来は質量がないとされているニュートリノなど)が進められてきている。しかし、仮にダークマターの候補が質量を持っていたとしても、不足する残りの70%の質量分が説明できない。その候補として新たにダークエネルギーという考えが提唱され(1998年)、相互作用によって粒子に(慣性)質量を与える「ヒッグス場」がその正体ではないか、と考えられ始めているのである。
ヒッグス場は、真空の形でわたしたちの日常の現場に存在し、わたしたちはいわばそのなかにいると言っても過言ではない。真空は、かつて偽真空の名が与えられたように、理論的には隠れたエネルギー(他とは相互作用しないという意味で)を持つ(これを「真空期待値」といまでは呼ぶ)。これが、実はアインシュタインが宇宙方程式を導出した際、宇宙の有り様を観測に合わせるために導入したΛ項ではないか、と言われているのが現在の状況である。
 現代の宇宙論が描き出す最先端の状況は、「全自然は何のために存在するのか」というカントの問いに、改めてどう答えるか、を私たちに迫っている。私たちは、この最新状況に戸惑う。とくにそれが、日常の現実として、見えないながらも確実に「そうあるらしい」と思わされることに、多くの人は「思考停止」「判断停止」に追い込まれるのではないか。ある意味では、この現実は、「私たちは何のために存在するのか」という問いそのものを虚しくしてしまう、それほど驚異的なことなのである。