8、徳をはかるメルクマールとしての奴隷

 第六巻の一九~二三から、奴隷制のことを考えます。

 『法律』776Bから778Aには、プラトンの奴隷δούληに対する考え方が、人間の徳のあり方との関連で語られている興味深い箇所があります。もし人が心から正義を敬い、本当に不正を憎むものであることが明らかになるのは、簡単に不正を行うことのできる人たち、すなわち、自分より弱い立場の人たちに対して、どのようにふるまうか、というときであるとプラトンは考えています。奴隷はもっとも弱い立場にあるわけであり、彼らに対する態度が、その人の徳のあり方をはかるメルクマールになる、という考え方です(777D)。ただし、奴隷を甘やかしてはならず、常に命令口調で接し、冗談などを言ってはならない、との条件付きですが(777E-778A)。

 プラトンは、奴隷に対する人々の考え方を、次の二つに大分します(776D-777A)。

① 奴隷はできるだけ気立てのやさしい、善いものを所有すべきである。なぜなら、彼らの方が兄弟や息子よりも優れていて、主人たちや彼らの家財、さらには家族全体を救ってくれることが多々あるからである。
② 奴隷の魂には健全なものは何ひとつなく、道理をわきまえた人なら、彼らのことは何一つ信用すべきではない。ホメロスも『オデッセイア』のなかで、人が奴隷になるときにゼウスはその心の半ばを奪い去った、と歌っている(17巻322-323)ように。

 良い印象を与えてくれる人や集団は「善い」とみなし、良くない印象を与える人や集団は「悪い」と烙印を押しがちなことは、「他者」と接するときの私たちにそのまま通じる「悪しき性(さが)」だとは言えないでしょうか。プラトンは、人間の本性を見通して、むしろ他者を自らを磨く鏡にしろ、と言っているのです。

 アテナイの場合、紀元前五世紀半ばの時点で自由市民(成年男子)約4万人に対して、約10万人の奴隷がいたとされています。このほかに参政権のない女子や子どもがおり、外国人という居留民が加わるわけですから、いわゆる人口は30万人ぐらいだったと考えていいのではないでしょうか。

 自由市民のほとんどが土地を最大の財産とする地主で、奴隷はアリストテレスの定義によれば「生活のための道具」としての「生きた所有物」(アリストテレス『政治学』1253b30)でありました。家の召使いはみな奴隷で、裕福な家になると、総執事、貯蔵室を預かる食事方、買い出し係に玄関番、食事の支度をするパン焼き奴隷と料理奴隷、主人に付き従う従者、乳母、子供たちの面倒万、侍女、馬丁など、まさに「生きた生活道具」だったのです(マハフィー『古代ギリシアの生活文化』遠藤光ら訳、八潮出版社)

 奴隷は「家畜=四足の動物」に対して、「二足の動物」と言われ、『農業論』で知られるローマの学者・政治家・著述家のウァロ(BC116-BC27)は「しゃべる道具」と呼んでいたそうです。

 このような実務的な見方に比べると、奴隷に対する態度でその人の徳性がわかるとするプラトンのほうが、深みのある哲学性をもっていると思いませんか。