8、自由をめぐるカントの先進性

「私にとって正しいことは何でも、同じ状況にいるすべての人にとっても正しいことであるということ(これはカントの格率から受け入れたものである)は、確かに根本的であり、確かに正しく、実際的重要性を持つように私には思われる」(功利主義経済学者で、哲学者のヘンリー・シジウィック)
            (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.184)

 ヘンリー・シジウィック(1838.5.31-1900.8.28)。イギリスの哲学者、倫理学者。自他の幸福を最大にする行為が善である、とする、倫理的快楽主義と呼ばれる立場をとった。

 自分も最高に幸福になり、その結果、他人も最高に幸福になるーこれほど理想的なことはありません。しかし、どうやったら、そのようなことが実現できるのでしょうか。利他主義は自己犠牲を伴い、利己主義は他者を踏み台にします。楽天日本一の原動力となった嶋基宏選手の言葉は、実に感動的であり、哲学的で、この問題への大いなる力づけになるのではないでしょうか。彼はこう言いました。

 「誰かのために戦う人間は強い」(2013年4月29日。Kスタ宮城)。

 その言葉通り楽天ナインは、東日本大震災の被災者のために、力いっぱい戦いました。そしてそれが、現実に強い力となって、リーグ優勝を勝ち取り、激戦を制して日本一にまで上り詰めたのです。
よくまわりを見回すと、嶋選手のメッセージは、日常の中にあふれていることに気づきます。どこかのCMで、「家族がいるから、頑張らなきゃと思うんだ」と、営業マンが部下に話すのを娘が聞いているシーンがありました。美輪明宏が「よいとまけの歌」で、「お父ちゃんのためなら、えーんやこら」と謳う時、何か熱いものに満たされる人が多いのではないでしょうか。
 これらは、シジウィックが、カントの「格率」から受け取った「私にとって正しいことは何でも、同じ状況にいるすべての人にとっても正しい」ことそのものであり、「誰かのために何かをする」ことが、自他の境界をなくし、ともに幸せになるかなり強力な処方箋であることを示しています。
 カントの講座において、私たちは、カントの格率にしたがって「普遍立法に適うように行動する」ならば、人は自由になる、ことを示してきました。それは自由落下の状態の時に無重力を体験できることに比せられる、との話もしてきました。普遍立法が何かは、もちろん、大変難しい問題です。しかし、「誰かのために何かをする」ことが、「すべての人にとっても正しい」と思われるならば、これはまことに、カントの考える天なる創造主の御心に適うことになるのではないでしょうか。