8、自由をめぐるカントの先進性 論議と付記

 ここであげた楽天の嶋選手の言葉「誰かのために戦う人間は強い」には、戦争中の「お国のために」といった全体主義的な怖さに通じる、という指摘がありました。ある受講生は、嶋選手の声に「魂の叫び」と感じ、別の一人は嶋選手に「一つの目覚め」を見ました。「人は、自分のために何かをやるのではないか」と主張する方もありました。
 茂木は、反体制活動家として27年もの間投獄され、その後大統領にまでなった南アフリカのネルソン・マンデラによる自伝『自由への長い道』を映像化した『インビクタス/敗れざる者たち』(クリント・イーストウッド監督)を「誰かのために闘う」例として取り上げました。富裕層の白人が整備されたグランドでラクビーをし、反対側の土のグランドで貧しい黒人の子どもたちが裸足でサッカーをする映画冒頭のシーンは、スポーツにおける南アのアパルトヘイトを象徴するものでした。1990年にこの国初めての黒人大統領になったマンデラは、政府の主要ポストを占めていた白人たちが報復人事を怖れて荷物をまとめるものがいる中で、「辞めるのは自由だが、新しい南アフリカを作るために協力してほしい。あなたたちの協力が必要だ」と呼びかけます。
 マンデラは、ラクビーが逆に「白人と黒人の和解の象徴」になると考え、南ア代表のラクビーチーム「スプリングボクス」に依頼し、貧困地区の黒人の子どもたちにラクビーの指導をしてもらいます。黒人に不人気だったラクビーは、やがて全国民的なスポーツへと発展し、1995年に自国で開催したラクビーワールドカップで、「スプリングボクス」は強豪ニュージーランドを破り優勝するまでになるのです。黒人たちが、南ア代表のチームカラーと愛称はアパルトヘイトの象徴であると変更を求めた時、マンデラが行ったスピーチ「今まで我々は白人たちに脅かされた。しかし、我々は白人たちを協力する寛容の心で迎えるのだ」は、感動的です。
 一受講生が「話の種」としてあげた曽野綾子の近作『人間にとって成熟とは何か』(幻冬舎)で、座が一気に盛り上がりました。一人は「彼女の啓蒙主義がどうも好きになれない」と語り、彼女の講演を聞いたことのある別の受講生は、「私は原発のことはすべておまかせすることにしています」とさらっと言えてしまう彼女の問題性を挙げました。また一人は「彼女には生活がない」、いま一人は彼女を「その場主義」と表現しました。ある受講生は、同書における曽野綾子の「『権利を使うのは当然』とは考えない」との提案を疑問視し、カントの『永遠平和のために』第三確定条項「歓待の権利」の次の部分を読み上げました。

 この条項は博愛を語るものではなく、法・権利について語るものである。ここで、歓待、すなわち<善きもてなし>というのは、外国人が他国の土地に足を踏みいれたというだけの理由で、その国の人から敵として扱われない権利をさす。
     (カント『永遠平和のために』中山元訳、光文社文庫、p.185)

 この受講生の見事な結語。「どんなときにも権利というのは胸に携えておくべきものだ」