8、魂の三分説

 さてソクラテスは、欲望が膨らんだ国家は、限度を超えて「財貨χρῆμα 」を欲しがるようになり、これが戦争の起源である、と説いていきます(373E)。藤沢令夫訳で「財貨」と訳されているχρῆμαは、もともと「必要なもの」(英訳ではneed)の意味で、対話篇『パイドン』(66C)にも同じような記述がありますが、たとえば田中美知太郎責任編集「世界の名著6」の『パイドン』(池田美恵訳)では「財貨」ではなく「物」と訳されています。

 この回に、善なる国家を作るための方図としてソクラテスが挙げているのが、幼児教育における音楽・文芸(ムゥシケー μουσική)の役割です。ムゥシケーは、ムゥサ(μουσα⇒ミューズ⇒ミュージアムはここからきた)の女神が司る学術・技芸の総称です。ソクラテスはここで、ホメロスやヘシオドスにおける神々の物語を引用し、しばしばみられる暴力的な表現に異議を唱え、こうしたものは子供たちに良い影響をもたらさないので、教育の場で使用すべきではない、との論を展開します。

 引用されているアキレウス(ギリシア側)とヘクトル(トロイ側)の戦闘場面は現代映画にも登場する有名な場面ですが、アシェット版「世界の生活史25」の『ギリシア軍の歴史』(福井芳男・木村尚三郎訳、東京書籍)に、そのときに使われたと思われる戦車や武具の復元図とともに、わかりやすい現代語訳で書かれているので、紹介しておきます(pp.8-15)。

 ヘシオドスの『神統記』(廣川洋一訳、岩波文庫)にある父ウラノスに対するクロノスの復讐劇、さらにはクロノスが息子のゼウスに受けた仕打ちについても、プラトンは好ましくない、と言っています。これも、引用しておきましょう(同書pp.25-29,pp.59-66)。

 さて、今回は、プラトンの「魂の三分説」がいよいよ顔を出し始めています。魂を「理知」(ロゴス λόγος)、「欲望」(エピテュメーテース ἐπιθυμητής)「気概」(テューモス θυμός)、と三つの部分に分け、国の運営もまたこの三つの役割に関わってくる、という考え方が「魂の三分説」で、第四巻441Aで本格的に展開されていきます。

 この回では指導者(ピュラクスφύλαξ 守護者)に求められる大事な資質として最初に「気概」(テューモス)が挙げられています(375A-B)。テューモスとは、怒りや激情、元気そして何よりも勇気に通じる概念で、ここでは「いかなる事柄に直面しても恐れず、不屈である」と説明されています(375B)。φύλαξは、見張り、監視、警備する者、が原意で、プラトンは、「市民たちを見守る者」のような意味で使い、何かあった時には恐れず敵に立ち向かうだけの気迫を持つ人、をリーダーの第一の資質と見ていることになります。

 そして、気概に加えて、「知を愛する者φιλόσοφος フィロソフォス」でもあることが必要である(375E)、とソクラテスは説いていきます。いうまでもなく、ギリシア語の「愛知」は「哲学」(フィロソフィー)の語源です。このあたりから、すでに「哲人王」による政治が匂わされていることにお気づきでしょう。