8,ソクラテスの本質って何?

 前回は、お一人からイデアに関して「本質」なる言葉が飛び出しました。本質が何かはそれ自体が哲学の大きな問題ですが、ここでは文字通り「本当の性質」として話を進めることにいたしましょう。裁判において、ソクラテスを死刑の判決にまで追いやったのは、彼の二つの罪状「神を信じない」「若者を毒している」への共感ではなく、彼の本質に対してのアテナイ人たちの「反感」「嫌悪」があったのではないか、と考えるのはどうでしょうか。

 ソクラテスの言葉に対して、裁判員たちが「騒ぎ立てた」ことが、ソクラテス自身の証言によってうかがえます。まず冒頭で、ソクラテスがわざわざ「この裁判の場において私がアゴラなどでしゃべる話し方で話しても騒がないでください」と牽制するくだりがあります(117b~c)。

 アテナイでは法廷に置いてはそれなりの決まりに基づいた話し方をすることが義務付けられていることを知りながら、ソクラテスは敢えて破ることを宣言していました。メレトスとの対話の冒頭では、法廷がざわついていることに対し「諸君、この男に答えさせてください。いつまでも、手をかえ品をかえて騒ぎ立てることのないようにしてください」(15 27b)と、くぎを刺しています。

 デルポイの神託について触れるくだりでも、「私がなにか大きなことを言っていると思われたとしても騒がないでください」(5 20e)と、牽制しました。『弁明』を読んでいると、裁判員たちが周囲の人たちと顔を見合わせながらザワザワと声をあげている様子が見て取れます。
 ソクラテスが「私はなんど殺されようと、自分のしていることをやめないことを承知願います」と宣言(17 30c)した場面では、法廷が大騒ぎになったことを、「どうか騒がないでください、アテナイ人諸君」(18 30c)と制止したことをソクラテス自身が述べたことになっています。

 裁判員たちが騒ぎ立てたのは①アテナイの慣習への無配慮な傲慢さ②アテナイの神を持ち出して自分の行為を正当化する不遜さ③自分の行為に対する全く反省のない傲岸さ、に対してのものであることは否定できないでしょう。この態度によって、アテナイの人たちが感じたソクラテスの「本質」とは何なのでしょうか。

 ペロポネス戦争が終わり、三十人の寡頭政治を経て、民主主義が再び花開いてきた時期のアテナイの人々について、ヘロドトスは「独裁から解放され、自由になり、各人がそれぞれ自分のために働く意欲を燃やした」と表現しています(『歴史』第五巻七八章)。

 もともとギシリア人気質は「死者について言いうるいちばん悲しいことは、彼にはもう宴会も音楽もない、ということであった」(ブルクハルト『ギリシア文化史』第九章第三節、筑摩学芸文庫⑥p.344)」、そして、「当時の社交生活においては誰でも腹蔵なく物を言うのが賞賛すべきであるとみなされていた」(同)であり、スパルタでさえも「相手を傷つけないように冗談を言うことが、人間が学ぶべきことの一つに数えられていた」(プルタルコス『食卓歓談集』(岩波文庫p.53-54)とされています。

 ギリシア人の本質は「楽しく、愉快」にあり、「それでいいのか」と彼らの生き方を否定したソクラテスへの強い反発が、死刑へと導いた、と思われるのです。さて、ソクラテスの本質は一言で何と言えばいいでしょうか。