9、市川海老蔵の「ダ・ヴィンチの創造性について」

 今回は、『市川海老蔵―眼に見えない大切なもの』(Grazia編集部編、講談社、2010.7)を題材に、「ダ・ヴィンチの創造性」について、皆さんと談論したいと思います。
 
 対談形式でこの本で取り上げられている石川五右衛門、木村秋則、レオナルド・ダ・ヴィンチ、空海の四人は、海老蔵がいわば「天才」と認めている人たちです。稀代の大泥棒、万能の天才、密教の巨人、それとただ一人の現代人は無農薬・無肥料でりんごを栽培するという不可能を可能とした農業人、この人たちに海老蔵は特別な思いを抱いてきました。

 石川五右衛門は海老蔵主演の新作歌舞伎のお題、ダ・ヴィンチは海老蔵が「とうてい適わないと思った」人(三章 レオナルド・ダ・ヴィンチ「創造性について」p.111)、空海はその絵像を寝室にかかげるほどの心酔している人(四章 空海「集中力について」p.148)、木村さんは「なんという大馬鹿者、なんという大天才」(二章 木村秋則「自由について」p.52)、というわけです。

 本のサブタイトルになっている「眼に見えない大切なもの」は、海老蔵が葬儀の最中に見た竜の話が土台になっています。「おかしな人だと思われそうなのであまり言いたくないんですが、確かに見ました。3年ぐらい前です。白昼。すごく大きかった」(一章 石川五右衛門「眼に見えないものについて」(p.39)。友人と温泉に行っていたら、どうしても出なければならない葬儀があり、「せっかくの休みなのにイヤだと親と大喧嘩して、しぶしぶ戻ったんです。それで葬儀が行われている寺に行ったら、そこに竜がいた。うわってびっくりしましたよ」(二章 木村秋則「自由について」p.82)。

 海老蔵が「ダ・ヴィンチみたいな人」と言う木村さんも、竜を見たことがあるといい、ダ・ヴィンチは「当たり前に」竜のような存在が見えていたのではないか、と海老蔵は語っています(三章 レオナルド・ダ・ヴィンチ「創造性について」p.133-134)
 
 
 海老蔵は、ダ・ヴィンチと木村さんの双方に絡めて「何か根本をつかんだ人間は、時間を無限に使えるんじゃないかと思った」(同p.111)と言っています。時間はだれでも「一日24時間しかない」のに、「尋常ではない」ことができたのは、何によるのだろうか、と問いかけ、そこに創造性の秘密を垣間見ています(同)。

 海老蔵は、一人10役を5時間半出ずっぱりの舞台を25日間続けた演目『伊達の十役』について、「中日あたりに、突然、パチンと脳のスイッチが切り替わったような瞬間」があり、「まったく疲れなくなって、眠っても、すぐに目覚めて」しまう「すべてが活性化している状態」だと語り、「ダ・ヴィンチの場合はどうだったのか知りたい」と問いかけてもいます(同p.120)。
 
 おそらくは、ダ・ヴィンチの創造性の秘密も、このような「人間の能力の限界点」を常に超えることができたことだったのでしょう。海老蔵は「みんなが自分の能力の限界まで使ったら、すごいことになる。(そうなれば)世の中だって今より絶対良くなると思う」(同p.122)と言っています。さて、私たちは、ダ・ヴィンチや海老蔵のようになれるでしょうか。