9、賢人たちの食卓

 今回の池田ソクラテスは、巣鴨のとげぬき地蔵参りや赤パン信仰に茶々をいれるなど、健康に気を遣う現代人を揶揄するものですね。これもたいして取り上げる価値もないので、古代ギリシアにさかのぼって、ソクラテスが経験していた「饗宴」(Symposion=シンポジオン)が、どのような食の饗宴だったのか、プラトンの『饗宴』に習ってギリシア時代の知的食の様子を再現した『食卓の賢人たち』なる奇書を逍遙することにいたしましょう。 
 
 ローマ時代の紀元2~3世紀に活躍したと思われるアテナイオスなる名前と、ナイル河河口の一都市にいたことぐらいしか、著者がほとんど不明のこの書物は、翻訳本(柳沼重剛訳『食卓の賢人たち』(京都大学学術出版会)だけで一冊400頁を超える内容が5巻にもなる驚異的なものです。分量が驚異なだけでなく、地中海とアドリア海に生息するマグロなどの魚類や貝類、イカ、タコ、エビなど、90種もの海産物が挙げられているのです。それをどのように話題にしながら、人々が食卓を囲んでいたのか、アリストテレスの『動物誌』までも引用しながら、延々と綴っているのです。
 
 プラトンの『パイドン』にならって劇仕立てで構成されている本書は、次の台詞で始まります。

 「アテナイオス、近ごろ食卓の賢人などと呼ばれている人々が一堂に会したというので、いま町中で評判になっている雅な宴に、ご自身出席なさったのですか、それとも、どなたからお聞きになって、それを仲間の方々に逐一お話になっているのですか」「私も出席したのさ、ティモクラテス」

「それなら私たちにも、盃を傾けながらなさったその美しい会話のなにがしかを、おすそ分けしていただきたいのですね。キュレネの詩人エラトステネスもどこかで申しておりますでしょう、三たび口を拭う者には、神々は良きものを賜うとね。そんなことはだれかほかの者から聞けとおっしゃいますか」
 
 こうして、アテナイオスが最初に取り上げたのが、トロイの木馬で有名なトロイア・アカイア(ギシリア)戦争で、最後にトロイアのアキレウスによって殺されることになったアテナイの将軍アステロパイオスのような、神事や政治上の問題に精通していた、と紹介される通人の話です。彼は、アリストテレスやその弟子のテオプラストスを始め、アテナイの僭主ペイシストラトス、悲劇作家エウリピデスなど、ギリシア時代の名士たちの蔵書をおびただしいほど所有している、と解説されております。
 
 裕福な人たちはこうあるべきだ、とアレクサンドロス大王の気前の良さをあげ、ソクラテスの追っかけ男アルキビアデスがオリンピアの戦車競技に優勝したときにはアテナイ全市民に宴を催した、とか、出席者の誰もが、旅をするときに奴隷に持たせる寝袋に書物を持ち寄り、饗宴の場に臨んだ、など、ソクラテスの時代の「知的宴会」なるものが、まさに驚異的な情報量で展開されております。
 
 現題は「Deipnosophistai」=「ソフィストの食卓」です。このころも、ソフィストは知者の総称として使われていたことがうかがえますね。さて、それではこの奇書の壮大な知的食卓の海へと乗り出すことに致しましょう。