9,ソクラテスが嵌ったパラドックス

 法廷で告発に対する弁明を滔々と述べていたソクラテスが、自己の置かれたとてつもない落とし穴に気づいた(であろう)瞬間があります。それは、「君は私が青年を腐敗させると告発したが、では青年を善導する者は誰であるかを言ってくれ」と告発者のメレトスに問いかけてからの問答です(久保勉訳『ソクラテスの弁明』pp.27-28)

メレトス 国法だ
ソクラテス 君の言う国法なるものを知っているのは誰なのか。
メレトス そこにいる裁判官諸氏だ。
ソクラテス ここにいる裁判官みんなが青年を善導する力があるのか。
メレトス みんなだ。

 ソクラテスはさらに、傍聴している聴衆も、か、と問い、「そうだ」と答えるメレトスに、行政官や議会の議員もそうか、と畳かけ、「すべて同じこと」と答えるメレトスに「すると私を除いたアテナイ人はみんな青年たちを善導するというのか」と問いかけます。メレトスが「いかにも私の説はその通りである」と返答すると、ソクラテスは「きみの認められる通りなら、私は非常にみじめな人間だ」と肩を落とすのです。

 ソクラテスは、アテナイ人であることを誇りに思い、その法を大事にしていました。アテナイ人であるからには、法に従うのが義務であり、彼もまたアテナイ人の一人なのです。ところがソクラテスが冒頭で、裁判の場での言葉使いをせず、市場などでの話し言葉で話すとの宣言をしたとき、アテナイ人の一員から外れてしまったことに、彼は気づきませんでした。

 そして、デルフォイの神託を持ち出した結果、彼は自身を人ではない神の位置に置き、アテナイの人から外れた特異点の位置に置く矛盾を抱えてしまったのです。メレトスから、「アテナイ人ならだれもが法を守る」と指摘されたとき、彼は、「あなたはアテナイ人ではない」と言われたことに気づき、ぞっとしたに違いありません。

 「私はアテナイ人だから法に従っている」と思い込んでいた彼は、みんなと違った言動が、人々からは「法を破っている」とみなされていることを、この瞬間に思い知ったのです。自分の行動を改めなければ、自分はアテナイ人ではない、ということになります。しかし彼は、人々を問答法によって立ち往生させる行為をやめるつもりはない、と宣言し、さらに、自身を都市国家アテナイについたアブと表現することによって、アテナイ人の仲間ではないことを人々に強く思わせてしまったのです。

 自分の言動が結果的に自分の信念や規範を破ることになる「自己言及的」なパラドックスに、ソクラテスは落ち込んでしまったことになります。それは、ソクラテスの中に、アテナイの法を大事に思うソクラテスと、その法にたてつくもう一人のソクラテスが重層的に存在しているからにほかなりません。

 恐らくこの時点でソクラテスは、裁判官たちの評決が死刑と出ることを、覚悟したに違いありません。ソクラテスは、自分の中にあるもう一人のソクラテスに敗北したのです。