SOA授業「ソクラテスの弁明」の考察

① 前々回お一人Uさんから「ソクラテスの所説とプラトンのイデア論がうまくつながっていない」という問題提起がありました。それについての雑感思いつきです。
② この二つのつながりがしっくりいっていないのは、イデア論の内、イデアの成り立ち(存在)を説明する「想起説」が作りものである、またプラトンもそうせざるを得なかったからだと思います。(想起説:われわれが死ぬと魂は現世でないどこかへ行きそこで万物の本質を見る。そしてまた生まれてきたときに見たものを思い出す。だから人間ははじめからものの本質を知っているのだ)
③ 「ダイモン」についても疑問があります。ソクラテスはダイモンを信じ、それに動かされているというのが、神々を信じない理由とされています。しかし、ダイモンというのは神々につらなるお使いとか、お稲荷さんのキツネみたいなものでしょう。それを信じたから死刑というのは唐突すぎる。もっと神々に対するとんでもない不敬があったのではないでしょうか。
④ それからソクラテスから哲学が始まったとされている件。
ソクラテスは知そのものを愛し、しかも謙虚だった。ソフィストたちはみな思い上がり、傲慢だった。しかしその程度の差をもって、哲学の祖とされるのでしょうか。
ソフィストたちだって知識人としてそれなりに知を愛していた。                          問題はそのようなことではなく、ソクラテスの知は、ある意味で次元の違うものだったということではないか。
⑤ そこで「アポロンの神託」の問題がかかわってきます。カイレフォンはもしかすると嘘をついたのかもしれないが、ソクラテスはまともに神託と向き合い熟考した。そして、こう考えたのではないでしょうか・・・・。
「神が知について述べている以上、その知は並みの知を超えるものに違いない」
「アポロンはこう言ったけれど他の神々ならそれぞれ違うことを言うかも知れない。もしそうなら真実というものは実にあやふやなものだ」
そこからソクラテスは、神々というが実は神は一人(一神)ではないか、また、真実についても、現世的な知の上に、一神を根拠とする次元の違う知(真理)があるのではないかと考えたのだと思います。
⑥ そこから、ソクラテスは真理があることを「知っている」、しかし、それは神に拠るものだからその内容は「知っていない」ということになる。
それにしても一神を考えることはポリスの守護神である女神アテナさえ疑わしきものにしてしまう恐ろしいことだったでしょう。ソクラテスがしゃべっていることを通じてアテナイ市民はソクラテスの考えをうすうす察知し、ソクラテスもまた察知されていることを知っていた。だから死刑の判決が出ても「悪法もまた法なり」とは言わなかったと思います。
⑦ ソクラテスは対話を通じてものの「本質」を追及していた。
プラトンはその「本質」と「真理」とを併せて「イデア」として表現した。
しかしそれが論理的に言って「ひとりの神に拠る」とは言えなかった。言えばソクラテスがポリスの神々を信じていなかったことを追認することになるし、何よりプラトン自身が危なくなる。そこでこれに変わるものとして「想起説」を考え出したのではないでしょうか。
結局ソクラテスは、ひとりの哲学者として、触れてはならぬものに触れざるを得なかったのだと思います。