4、なぜあなたは私を無視するのか

 紀元前325年にアレクスサンダー大王はインド北西部を駆けめぐり、パンジャブ周辺の地元の王たちと一連の戦いを行い、そのすべてに勝利した。…この世界征服者はジャイナ教哲学者たちに、「なぜあなたたちは私に注目せず、無視するのか」と問うた。この問いに対して次のような民主的な答えが返ってきた。「アレクサンダー王。すべての人は、この地球の表面で我々が立っているのと同じくらいの広さだけ所有することができます。…あなたも私たちと同じ人間です。…あなたもすぐに死ぬでしょう。そのとき、あなたは自分が埋葬されるのに十分な土地だけ所有することになるでしょう」
                (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.145)

 アレクスサンダー大王(BC.356-323)。全ギリシアを制圧し、インドからエジプトにいたる巨大帝国を築いたマケドニアの王。アリストテレスが家庭教師を務めた。

 前回は、消費者の安物買い行動とクレーマ―の常態化を問題視する受講生と、税金逃れや非正規雇用を常態化する企業の社会的責任を論ずる受講生の問題意識ががっぷり四つとなりました。この日の議論で私たちが注目すべきなのは、もう一人の受講生がみずほ銀行の暴力団融資問題に関して、最後にポツリと述べた、「なぜ彼らはあのようなことをしなければならなかったのか」との問いかけではないでしょうか。
 ジャイナ教哲学者たちに「なぜ」と問うたアレクサンダー大王は、「なぜ」の問いによって事態の解決をはかる名人だったと思います。有名な、名馬プケファルスの逸話を思い出しませんか。若いアレクサンダー大王がこの馬を献上されたとき、このあばれ馬を調教師もだれも乗りこなすことができませんでした。まわりが「たちの悪い馬だなあ」と困っていると、アレクサンダー大王は、この馬が自分の影にひどくおびえていることに気づき、馬の鼻づらを太陽のほうに向けて影を消し、馬を安心させて落ち着かせたのです。
 この話を、哲学者アランは、幼い子どもが泣きわめいていくらなだめてもおさまらない場面と比較しています。両親が「父親そっくり」だとかの適当な理由を並べているうちに、気の利いた乳母が、子どもにピンが刺さって泣いていたのだということに気づく、という話です。
 アレクサンダー大王と乳母に共通しているのは、「なぜこの馬は荒れているのか」「なぜこの子は泣きやまないのか」と、「なぜ」の問いをかけ、その原因をつきとめることに集中した、ということです。現代社会にはさまざまな問題があふれていますが、「なぜ」の問いによる突き詰めが欠けているのではないでしょうか。原因を探り出さない限り、いかなる社会問題も、ただ「けしからん」などで終わってしまいます。「なぜなのだろう」「どうしてなのだろう」の問いから始めることを、始めてみませんか?