6 .豊田佐吉「人力木製織機」

豊田式木製人力職器
https://www.youtube.com/watch?v=juiDfIz4i6w

 前回は、アリストテレスの「存在の十のカテゴリー」のうち「本質」をとりあげ、「平賀源内の本質」とは何か、を考えていただきました。「好奇人」「欲望の人」「やむにやまれぬ流れ」「自遊人」「わからない人」「マルチタレント」「Think globally, act locally」「幕の内弁当に印象に残るものなし」と、実に楽しい答えが出てきました。

 ものの本には「幕末の異端」「先駆け」の表現もあります。お一人は、「政治技術」の分野における「発明・発見者」としてナポレオンをあげ、奴隷制を深刻化させたホイットニーを「発明の負の遺産」の例として取り上げた方もおりました。
 
 今回は、アリストテレスの「目的因」に目を向け、発明者を突き動かす「動因」についてご一緒に考えていきたいと思います。何回かお話したかもしれませんが、「何か」が形になる原因として、アリストテレスはそれまでの「始動因」「質料因」「形相因」に「目的因」を加えました。家を建てるときに、建て主の意思(始動因)に加えて、材料である木材(質料因)と設計図(形相因)があれば、家の建築は進むように見えます。しかし、「住む」あるいは「貸す」などの目的がなければ、家を建てることを考えもしません。つまり「~のために」があって、初めて物事は動き出すことをアリストテレスが初めて明確にしたのです。
 
 「生活に役立つ」新しい考え方及びその現実化が「発明」と呼ばれるとしたら、すべての発明家の動機は「誰かの役に立つこと」と考えて良いでしょう。しかし、誰かの役に立つということは、その発明が経済的価値を持つことにつながりますから、発明家の動機は悪く言えば「金儲けのため」が下地になっていることも否定できないでしょう。「人力木製織機」の生みの親である豊田佐吉(1867-1930)の動機も、貧しさからの脱出でした。
 
 静岡県湖西市山口の村落に生まれた佐吉の家は、山かげの西日ばかり差す暗い竹薮のなかにありました。村の者たちと同様「貧しさから抜け出したい」と心底思っていた佐吉は、交付されたばかりの「専売特許条例」を引用して隣村の小学校教諭が話した内容―いままでになかったものを考え出すと、国も豊かになるし、考えた本人も「大金持ちになれる」―に大きな刺激を受け、19歳のときに「発明家」を志すようになります(木本正次「豊田佐吉―発明に生命を燃やした男」『日本のリーダー7 実業界の巨頭』TBSブリタニカ、1983.8、116-117頁)。
 
 昔から機織業が盛んだった土地柄からか、機織の改良に熱中し、家の納屋を研究室代わりにするなど、寝食を忘れて研究に打ち込み、「ほら吹き佐吉」などと周囲に言われながら、23歳のとき(1890年)に「豊田式木製人力織機」を完成させ、翌年、特許を得るまでになりました。

 64歳で亡くなった佐吉が「大金持ち」として人生を終えたと言えるかどうかわかりませんが、最終的に開発した「自動織機」のパテント料百万円が、長男・喜一郎の自動車開発資金となり、いまや世界の「トヨタ」として年間1兆7千億円もの営業利益を稼ぐ巨大企業になったのです。佐吉の「豊田自動織機」はそのままの名前でトヨタ・グループの中核として売上高2兆円を誇り、燃料電池車「MIRAI」の開発を支えています。